モモイロの顔(かんばせ)






 「あれ?どこに行ったんやろ……」
 楽しげな雑踏の中、頼りない声でサファイアは独白した。
 前後左右、360度見回すが知っている人の影すら見当たらない。完全に迷子になってしまったようだ。
 「ルビー?どこにおるとー?」
 連れの名を呼んでも返ってくる応答はなく、サファイアの呼びかけは人混みに吸いこまれた。
 張りのある客引きの声と華やかな店のディスプレイ。普段なら人々を浮き立たせるカイナ市場の活気も、今は単なるざわめきとしてサファイアの耳元を通り過ぎていく。
 (こげん人がおったら、探すのも一苦労ったい……)
 てくてく歩きながら、小さく溜息。
 店をいくつか横目づかいで見やって進んだところで、彼女は歩みを止める。
 ……山で迷った時と変わらんたい。下手に動かんほうがよかよ。
 両頬をペシリと叩いて自らに言い聞かせる。サファイアは周囲に並ぶ店のうちあまり人のいない店を選び、その近くに居座ることにした。
 目の前を右から左、左から右と行く人たちは皆、何かしら喜色を浮かべて過ぎてゆく。
 そんな中でぽつりと一点、サファイアだけが憂色を深めていた。
 (…アイツは、どうしとるんやろか)
 一人雑踏に立ち尽くし、軽く唇をかみしめる。
 俯いて元気の削がれた彼女の肩に、ポンポンと触れる誰かの手。
 (……誰?)
 一抹の不安と期待を抱いて振り返る。
 目の前に立っていたのは……赤瞳の少年。
 だがサファイアの知るその人ではなかった。
 「君ィ、こんなトコに一人で来たの?」
 思わず嫌悪感を誘われそうな、不快さをはらんだ声。
 一言でその少年を表現するとしたら「派手」だった。それも、必要ないほどに。
 手首や胸元でちらちらと光る金属質のアクセサリーが目にうるさい。
 「どぅせヒマなんでショ?オレと遊ばない?」
 疑問形を装った押し付けがましさで迫られる。
 「……何か用があるんやったら早よ言うて。知らん人と遊ぶ趣味は持っとらんけ」
 少年は一瞬驚いた――おそらくは彼女の訛りにだろう――顔をしたが、すぐさま笑みを浮かべ、馴れ馴れしくサファイアの腕へ手を伸ばす。
 「いいじゃん。何か好きな物買ってやるよ」
 「離さんね!」
 振りほどこうとするが意外に力は強く、思うように動かない。
 サファイアはたまりかねて、大声で周囲に助けを求めようと胸いっぱいに息を吸い込んだ。



 「何をしているんですか?」



 迸ろうとした叫びは、静かな人声にせき止められた。
 サファイアとその腕を掴んでいた少年がほぼ同時に声の飛んできた方を向いた。
 両腕を組み冷めた瞳を備えた少年――ルビーが、今度こそ眼前に立っている。
 「誰だ、お前」
 「それはこっちの台詞ですよ。ボクはこの娘の連れです」
 臆面もなく言い放つルビー。
 早くも睨み合いを開始する二人の少年の間で、サファイアはただただ目を丸くして立ち尽くしていた。
 いきなり現れたルビーに。
 颯爽と自分を助けてくれる彼に。
 驚きに他の感情も入り混じって、ぽかんとするばかりだった。
 「……ハハハ。連れだと?関係ねぇぜ。放っとくほうが悪いんだからよ」
 ルビーに食ってかかるナンパ少年が、懐からモンスターボールを取り出した。なかなかに短気な性格のようで、力尽くでルビーを黙らせようとしているのだ。
 冷静さを完全に欠いた掛け声と共にまばゆい光が放たれる。
 咆哮をあげて少年の前にシザリガーが現れた。
 「シザリガー!やっちまえ!!」
 大きな両の鋏を振り上げ、シザリガーがルビーに襲いかかる。
 「危なか!」
 弾かれたように叫ぶサファイア。
 打ち下ろされた衝撃を彼はひらりとかわし、腰からボールを投げた。
 「いけ!COCO!」
 ボールから放たれた光がしなやかなフォルムを形作る。
 猛るシザリガーとルビーの間にエネコロロが立ちはだかった。
 「COCO!"すてみタックル"!」





 あっという間に大きな鋏は力を失い、シザリガーの体がよろめいた。
 「シザリガー…!」
 軽い地響きに混ざって少年の悲痛な呻きがこだまする。
 目を回しているシザリガーをボールに戻し、少年は恨めしい視線を残して、無言で去った。
 「戻れ、COCO!」
 ルビーもまたエネコロロをボールに収め、鋭く息を吐いてサファイアに向き直る。
 「いきなりいなくなるし、どこにいるかと思えば変な奴に絡まれてるし……また何かしでかしたの?」
 「そ、そげんこつあるわけないやろ!」
 彼の皮肉たっぷりの一言でサファイアは我に返った。
 (見とれとる場合やなか!)
 今度は心の中で両頬をペシペシ。
 ルビーは依然、疑わしいとでも言いたげに彼女を見据えている。


 「………ありがと」
 小さな小さな声で、目を逸らしながらサファイアが言った。
 対する紅瞳の少年はさほど驚かない様子でにやりと笑う。
 その瞳と同じ色に頬を染めながらサファイアは言葉を続けた。
 「久しぶりにあんたのバトル見れて、嬉しかったと。……かっ、か、か………」
 「『カッコよかった』?」
 「!!」
 サファイアの顔が一気に熱を上げる。
 段々体が熱くなっていくのを感じながら碧眼の少女は目を伏せた。
 先程までの気落ちしていた彼女もらしくなかったが、真っ赤な顔で俯くサファイアも普段の彼女らしくない。
 そんな彼女の様子をつぶさに見ていたルビーは、表向きには可笑しそうに笑いながら。
 (……こんな貌もするんだな)
 くるくると万華鏡のように変化するサファイアの表情を、内心愛おしそうに眺めていた。
 「……サファイア」
 「何?」
 顔は伏せられたまま、ぶっきらぼうな応えが返ってくる。
 「こっち向いて」
 渋々といった感じでサファイアとルビーの目がゆっくりと合う。





 頑なに閉じられた彼女の唇に、ルビーは自分のそれをそっと重ねた。





 辺りの喧騒が一層騒がしく、耳元を駆け抜ける。
 けれど心臓の鼓動はとても鮮明に体の内側から響いて。



 すれ違う人の半ば驚くざわめきを感じ始めたころ、ようやく二人は離れた。
 彼らの周りで生まれていた小さなどよめきがすうっと去っていく。
 しかし心臓はまだ早鐘のように体を打っていた。
 「い……いきなり、何ばしょっと!?しかもこげなとこで!」
 これ以上ないほど頬を紅潮させてサファイアが言った。心なしか声も上ずっている。
 「キミに変な奴が近付かないようにね。見せ付けておけば、やってくるバカもいないだろうから」
 ルビーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 そしてまた目を閉じ、二度目の口接け。
 サファイアが僅かに拒むように身を捩ろうが、市を楽しむ人々の好奇の視線に晒されようが、構うことなく。
 すっかり周りの注目の的になって、ルビーはやっとサファイアを解放した。
 二人を見つめるギャラリーからは囃すような口笛までが聞こえ、サファイアはとても極まり悪そうに周辺を見回した。
 困惑と羞恥の入り混じった碧い双眸がルビーに向けられる。



 ……キミの、
 キミのそんな表情さえ
 愛しいと思ってしまうから
 こんな風にキミが嫌がるだろうことも、やりたくなるんだよ――――



 言葉に変えられない思いを託すように、ルビーはもう一度サファイアに口接けた。





- END -





あとがき

久々のルサです。
ホワイトデーのつもりで書いていたのですが、あっけなく諦めて普通の話に(笑)


……とうとうやっちまいました。
簡単に言えば、キスさせたかっただけなんですよ;;(ォィ)
短くまとめようと思っていたのに結局長くなってしまいましたし…。
それに今回は珍しく2回ほどボツったんです。
当初ルビーをヘタレで書いてたのですが……やはり何かしっくりこない。
……てなワケで当初のプロットから大幅変更、ルビーもちゃっかり黒くなりました☆
黒ルビのほうがやっぱりいいですね!積極的〜♪
サファイアもご苦労様……。


初出 2007.3.21.







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