砂ノ ミチ




 「おい、白まんじゅう‥‥本当に、この世界に羽根はあるんだろうな‥‥」
 蒼然とした空の下、その色を数倍暗くしたような声が沈黙を破った。
 黒るーがいつもより眉間の皺2割増で、モコナに食ってかかっている。お決まりの言い合いを聞き流して小狼君とサクラちゃんのほうを見ると、2人とも結構疲れてるみたい。小狼君は顔にこそ出さないけどね。
 この世界に着いたときはまだ陽が高かったのに、太陽が姿を消すこの時間まで歩き回っても、サクラちゃんの羽根については何も分からなかったんだから、仕方ないかなぁ。
 「あるもん!モコナ、羽根の波動を感じるもん!」
 モコナは主張するけど、噂話のひとつすら耳に入らないんだから、黒ぽんが怒り出すのも無理はないかなー。
 「まあまあ落ち着いてー。今日はもう遅いし、みんな疲れてるみたいだから宿に戻ろうよー」
 オレが提案すると、小狼君が頷いて立ち上がった。サクラちゃんが彼の後に続いて、モコナもぴょんぴょんと跳ねて追いかけていく。
 1人、黒みんだけが立ったまま動かない。
 「黒みん、どぅしたのー?行くよー?」
 声をかけて、俯いている彼の顔を覗き込む。
 途端、彼の紅い瞳がオレを睨んできた。
 一瞬――ほんの一瞬だけ怯んだけど、
 「ほらほらー、行こうよー」
 無理やり彼の腕を引っ張って、小狼君たちの行ったほうへ歩き出す。
 ‥‥オレ、何か睨まれるようなコトしたかなぁ?





 宿に着いてすぐに、サクラちゃんは眠ってしまった。
 ずっと歩きっぱなしだったしね。お疲れ様。
 部屋の広さの関係で、今日は1つの部屋に2人で寝ることになった。小狼君とサクラちゃんで1つ、黒たんとモコナとオレで1つ。広いといっても1人部屋より少し幅があるくらいの面積に、ベッド、ソファ、小さなテーブルが1つずつ置かれてるだけだ。
 厳正なくじ引きの結果、オレがベッド、黒たんとモコナがソファで寝ることになった。
 「ファイー、黒鋼ー、おやすみー」
 「うん、おやすみ、モコナ」
 モコナは早々に毛布に潜り込んで、すやすやと幸せそうな寝息をたてはじめた。
 ‥‥さて、オレも寝よっかなー。疲れたし。
 目だけ動かして右を見ると、そんなことしなくてもビシバシ感じる黒りんの視線がオレを捉えているのがよく分かる。
 えっとー、オレ何かしたっけ‥‥?言ってくれないと分かんないんだけどー。
 オレの心を読んだかのように、黒りんがこっちに近寄ってきた。
 「おい」
 「‥‥なにー?」
 オレは努めていつも通りに、いつも通りの笑顔で応える。比例するように、彼の顔は険しくなる。
 「‥‥いったいどういうつもりだ」
 「なんのことー?」
 「避けてただろうが‥‥‥俺を」
 最後の言葉は、トーンを落として発せられる。
 ‥‥そう。オレは今日‥‥‥というかこのところ、意図的に彼を避けている。喋ったりするのは普段通りだけど、彼が近寄ってくればその分だけ、さりげなく遠ざかったりしている。
 ‥‥‥あの日から。

 「‥‥何を考えてやがる」
 それはむしろ、こっちの台詞のような気がした。
 君は、オレを鬱陶しいと思ってたんじゃないの?
 君は今、せいせいしてるんじゃないの?
 どうしてそんな瞳で、オレを見てるの?
 「別にー。避けるとか、そういうつもりは無いよー」
 オレが平生な口調で言うと、彼はじり、と近寄ってきた。
 詰められた間隔分だけ後ずさろうとして‥‥気づく。
 今いるのは、部屋の隅にあるベッドの上。逃げられる距離なんて、たかが知れている。
 とん、と壁に両肩が当たる音がした。微かな音なのに、静かな部屋にはそれしか聞こえなくて、オレの耳に重く響いた。彼はなおも近づいてくる。
 近づいて、くる。彼の気配が。彼の紅い、瞳が。
 目を逸らそうとしても、体が言うことを聞かない。視線が、絡み合う。
 オレを捕らえて逃さない、炎のような双眸。互いの鼓動が聞こえてきそうな距離。
 刹那、オレの記憶がフラッシュバックする。


 あの日。‥‥‥目の前の彼と、初めて口接けた夜。
 そのときも、朱に染まったような彼の両目は開かれたままだった。
 今と同じように彼のほうから近づいてきて。そして、彼と‥‥‥‥。
 夢だと思った。思いたかった。
 嫌じゃなかった。むしろ嬉しかった。‥‥‥‥でも。だからこそ。
 (‥‥近づけては、いけない)
 オレのどこかで、小さな警報が鳴り響く。
 (このひとは、危険だ。近づけてはいけない‥‥‥)

 ――ソウシナケレバ、オレハ――――。

 だから避けていたのに。彼と目を合わせないように、彼に触れないように。
 けれどそうするには、オレのガードは脆すぎて。
 彼はこんなに近くにいる。そして‥‥かれの、唇が。
 「ちょっ‥‥‥黒様」
 「なんだ。‥‥白まんじゅうならぐーすか寝てるぜ。覚悟しやがれ」
 「そうじゃなくてっ‥‥‥」
 オレより二回りくらい太くてがっしりした腕が伸びてきて、壁に手をつく。
 理性と冷静さを総動員して、オレは拒絶の言葉を必死で探した。腕っぷしでは、到底彼には敵わないから。せめて何か、言わないと――――


 ――見つけたと思ったときには、手遅れだった。
 荒々しい彼の息が口腔に流れ込んできて、オレは思わず少しだけ仰け反った。
 「んっ‥‥‥」
 触れ合う唇の隙間から、混ざり合った吐息が漏れる。
 激しいけれど、乱暴ではない。しかし優しくもない。貪られるままに、唇を重ねる。
 黒様の空いている腕が、壁から浮いているオレの腰に回る。そのまま強く――優しさが微かに残った強さで、引き寄せられる。無意識のうちにオレの手が動いて、彼の背中へと――――

 (‥‥いけない)

 オレの内側から声がした。小さな声が知らせている。危険だ、と。
 けれどそれとは裏腹に、手が伸びる。
 (だめだ、やめろ――――)
 数瞬のせめぎ合いの後、軍配が上がったのは小さな声のほうだった。
 伸ばした手で軽く黒っちの肩を押す。ようやく彼との間に、僅かな距離が生まれた。
 「‥‥‥もう、満足ー?」
 「‥‥‥‥避けてたくせに、逃げねぇんだな」
 しようとしなかったというより、出来なかったんだけどねー。
 それに、されること自体が嫌なわけじゃない。
 君がそれで満たされるなら、いくらでもオレに食らいつけばいい。
 君を避けていた本当の理由。
 それは――――

 「‥‥物足りねぇな」
 黒りんがポツリと呟く。間髪いれず、本日2度目のキスが降ってきた。
 さっきより激しさを増す口接けに、とろけてしまいそうな感覚を覚える。脳の芯から麻痺していくようだ。鳴り渡る小さな警報が、少しずつ霞み、薄れてゆく。
 そして、それのせいで今まで置く深くに眠っていたもう1つの声が、頭をもたげてきた。
 (そうだ―――この声を)
 オレが本当に恐れていたのは、君じゃない。
 この――――か細い声。

 自ら望み求める‥‥‥君を欲しがる、このキモチだ。

 自分から求めるなど、あってはならない。‥‥‥戻れなくなって、しまうから。
 そう言い聞かせてきた。オレ自身に。
 誰とも深く関わらない。誰も近づけない。
 いつでも断ち切って、すっぱり捨てられるように。

 けれど‥‥‥もう、手遅れだ。

 オレの両腕が黒様の体を、今度はしっかりと抱きしめる。
 そうして、彼の口接けに応え始めた。
 黒様は少し驚いたようだけどそれも束の間で、すぐに深く絡めとられる。


 ‥‥‥いつの間に、オレ達はベッドに倒れこんでいた。
 やっと唇が離れ、黒みゅうがおもむろに口を開く。彼の声を聞くのが久々のことのように思えた。
 「‥‥続きはやるか?」
 「‥‥‥黒みゅうったら、まだ欲求不満なのー?疲れがとれないよ」
 「一応選択権をやる。選ばねぇんなら、俺の好きなようにするぜ」
 「‥‥黒様に、任せるよー」

 もう‥‥戻れないから。

 「あぁ?何か言ったか?」
 「べっつにー」
 ‥‥そう。戻れないんだ。
 もうこのか細い声を、封じることなど出来ない。どんなに奥へと埋もれさせたとしても、彼に触れればたちどころに再発してしまうだろう。
 でもそれは‥‥既に定められていたことなのかもしれない。
 本当の声を封じても、君を遠ざけても。


 『あるのは必然だけ』


 黒様の腕の中で、ふと次元の魔女の言葉が思い出された。





- END -





あとがき

 初黒ファイです。
 でもって初キスシーンです。
 キスはいくらか書いたけど、実際に描写したのはこれが初めてです。
 ふあー‥‥//書きながらドキドキバクバクでした。
 混乱しすぎて、最後には次元の魔女さんがお出ましする始末‥‥侑子さん、変なトコで登場させてしまってゴメンナサイ;;
 シリアス路線にしたけど、ぶっちゃけキスが書きたかっただけだろ、自分‥‥。
 BLだとキスとかに抵抗ないから不思議です。
 てか見事に小狼とサクラの台詞ありませんでしたね;;
 黒ファイだから仕方ない‥‥と逃げてみる(汗)



初出 2007.5.26.







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