桜舞う国の、穏やかな朝。
やわらかな陽光が街並みを照らし出し、風が薄紅色の花弁を運んでいく。
光降る、一日のはじまり。
だがそんなものとは無縁であるかのように、喫茶店『猫の目』の一階では軽い怒号が飛び交っていた。
「黒たんのバカーー!」
「バカとはなんだ!本物の莫迦に言われたくねぇ!」
苦情の一つでも入りかねない騒々しさだが、その源は喫茶店の店主・ファイと、鬼児狩り・黒鋼の二人にあった。
目の前の相手しか見えていない二人を他所に、残りの三人‥‥‥もとい二人と一匹の反応はそれぞれだ。
小狼は、もう慣れっこだと言わんばかりに朝の支度。
サクラは言い合う二名を代わる代わる見ながら、口元を押さえてオロオロ。
モコナはうふふふと笑いながら、喧嘩の行く末を楽しそうに見守っていた。
「黒鋼さんとファイさんって、お互い相手のことが嫌いなのかな?」
サクラが不安そうな声で小狼に耳打ちする。
「そんなことはありませんよ。あれはただの‥‥挨拶みたいなものですから」
危うく『ただの痴話喧嘩』と口を滑らせそうになり、ギリギリのところで言い換える小狼。
「大体、おまえが朝っぱらから甘いモンばっか作るのが悪いんだよ!何回言わせんだこの莫迦!」
「だからって全部残すコトないでしょー!?黒ワンコのばーか!」
「んだとてめぇ!もういっぺん言ってみろ!」
「何回でも言うよー、バーカ、バーカ、ばーか‥‥」
大の男二人の悪口雑言をBGMに、サクラは店のテーブルクロスを直していく。
時折心配そうにちらちらと騒音源へ目をやりながら。
たかだか朝食のことで盛大に言い争っている二人など心底どうでもよかった小狼だが、サクラの様子を見かねて、何とかしなければと考え始めていた。
サクラの肩にモコナがぴょんと飛び乗る。長い耳をぱたぱたと動かして、小さな小さな手でサクラの頬をなでた。
「大丈夫だよ、サクラ。前に侑子が言ってたもん。『ばか』は『大好き』の裏返しだって。本当はね、黒鋼もファイもとっても仲良しなの。でも二人とも素直じゃないから、あんなこと言っちゃうの」
「そうなんだ‥‥なら、大丈夫だよね」
一人と一匹の会話を聞き流しながら、内心少し冷や汗をかいている小狼。
不毛な議論は留まることを知らず、さらに加速していく。
話の方向を変えようと、小狼はサクラとモコナの間に割って入った。
「でもモコナ、喧嘩してる人全員がそういう意味で言ってるわけじゃないだろ?」
するとモコナは、ただでさえ糸のような目をさらに細くして、小狼に向き直った。
「もちろん!そういう意味で使うのは恋人に対してだけなのv だから黒鋼とファイは、とーっても仲良しなんだよvv」
(‥‥しまった‥‥!先手を打ったつもりが、墓穴を掘る羽目に‥‥!!)
自らの軽率な行動を激しく後悔した小狼だが、そんな彼にはお構いなしに、それぞれの朝は過ぎてゆく。
もはや睦言のように口論を続ける黒鋼とファイ。
さらに詳しく解説しようと意気込むモコナと、真剣に耳を傾けているサクラ。
そして、
(モコナ‥‥さくらに入れ知恵するのはやめてくれ‥‥!!)
いらぬ心配をしている小狼。
ある意味素晴らしく平和な朝を迎えた、四人と一匹だった。
- END -
桜都国です。
平和でいいですねー‥‥わんにゃんファミリーは。
これ思いついたとき、自分でもバカかと思いました(笑)。
喧嘩するほど仲が良い、バカは好きの裏返し。
恋人同士の鉄則です。(何それ)
ちなみにラブラブな黒ファイを残りの三人‥‥もとい二人と一匹がどう見てるのかというと、
小狼 → 二人の関係を知りつつ黙って見守っている
サクラ → 何も知らないけど鋭いコトを言う
モコナ → 二人の関係を知りつつ楽しんでる、かつサクラに入れ知恵しようとしてる
こんな感じ。だといいな。
サクラは天然でも黒くても、どっちでもいけると思います。私はどっちかというと天然派です。
初出 2007.6.18.