しあわセオリー






 「ねぇ。黒りん」
 辺りが夜の静寂に包まれたころ。
 俺の隣で3本目の酒を空けた魔術師が唐突に言った。
 「黒たんは、何してる時が一番嬉しい?」
 通常より2割増ユルい表情で、そんなことを問うてくる。
 栓を抜いたばかりの酒を注ぎながら、ほとんど反射的に答えた。
 「戦っている時」
 相槌の代わりに、氷と硝子器の触れ合う涼しい音。
 何も言わない魔術師に、今度はこっちから尋ねてやる。
 「おまえはどうなんだよ」
 うぅん?と気の抜けた声がして、ほろ酔い気味の魔術師は首を傾げた。
 「黒様らしいね〜」
 ……話がズレてるぞ。
 コイツにしては珍しく、かなり酔っているのかもしれない。…強い酒ばっかり飲んでたのか?
 仕方なく、もう一度同じ質問を繰り返す。言う早さは少し緩めて。
 しかし相変わらずヘラい笑顔を向けてくるばかり。
 ……コイツ絶対誤魔化してやがる…。
 このまま逃げ切られるのも癪だ……仕方ねぇ。
 早くも4本目を開けた奴の手から素早く酒瓶を奪い取る。
 残念がる声と共に細い腕が宙を彷徨った。
 困ったように微笑むそいつに、改めて訊く。
 「おまえはどうなんだよ。何してる時が一番嬉しいんだ」
 すると呆けた顔で俺を見つめてきた。
 ……いや。俺を、ではない。焦点の定まらない碧眼が困惑気味に細められる。
 「うーん。そぅだねぇ」
 人差し指を頭に当てる、考え込むような仕草。
 ……以前試してみたが、あの状態で首の角度を調整すれば、目の前にいる者の顔を見ずにすむ。
 無意識なのか?それとも偶然か?
 魔術師はおもむろに立ち上がって、部屋の中を歩き回り始めた。
 ……あわよくば逃げ切るつもりだな。そうはいかねぇ。
 ちょろちょろと動くそいつの行く手を阻むように、目の前に立ちふさがってやった。
 これでもう逃げられねぇぞ。覚悟しやがれ。
 問い掛けよりも雄弁なキツめの視線を浴びせる。しばらくすると、張り詰めた糸が切れるように細い体躯が寄りかかってきた。
 突然のことに柄にもなく狼狽えてしまったが、決して気付かれないように神経を集中する。
 細い両腕が俺の背中にそっと回される。
 魔術師が小さく何か呟いたが、くぐもっていて聞こえない。もう一度言えと促す。
 …………。
 ………………。
 ……反応がない。
 抱きつかれているだけの体制は意外と間が悪く、幾度もコイツに腕を回しそうになったが。
 そろそろ我慢も限界だ。
 「おい。何か言ったらどうなんだ」
 魔術師がビクリと震えた。
 そして、消え入りそうな声で。
 「……あのね」
 一拍置かれる。
 とても大事なことを告げるような、そんな声音で。



 「オレはこうしてるときが、幸せだよ」
 ――君に触れるのが好き。
 ――君に触れられるのが好き。
 「君と触れ合ってるときが、いちばん嬉しいよ」



 回された腕が、より強く俺を抱きしめる。何かを求めるように。
 …そこまで言われたら。
 応えるしか、ねぇじゃねぇか。
 細い背中に腕を回し、抱き寄せた。
 求められたから、ではなく。
 俺がそうしたいと望んだから。
 確かな温もりが伝わってくる。
 一番心地いい温度。




 ……『俺も』、と。
 俺も、おまえとこうするのが好きだと。
 言ってしまうのは気恥ずかしくて。
 代わりに力強く抱きしめる。
 「ありがとう」
 腕の中から小さな声がした。



 ……それはこっちの台詞だぜ。




- END -





あとがき

 衝動的に書きました。
 何が鍵になったんだろう……もう思い出せないんですが;
 衝動書きだったので携帯で書いてました。
 普段より枠幅が狭かったので、幾ばくかの違和感が;

 今回は黒鋼一人称です。
 ちなみに
 硝子器=グラス
 です。黒鋼にカタカナ語言わせるのに、わずかばかり抵抗があったので……。

 たまにはキス無しなのもいいですねv
 最近は濃い(?)のばっかり読んでた気がします;;
 ……「キス&触るの無し」とか、書いてみようかな…。
 個人的には、黒ファイだったらキスしてなんぼって感じなんですけど(^_^;)



初出 2007.7.2.







黒天白日トップへ戻る 分岐点へ戻る