森に息づく生き物たちがまだ眠らない宵のころ。
星粒が夜空を飾るその下の、灯りのともる小さな建物――ポケモンセンターに、シュウとハルカはいた。
「やっぱり高い所のほうがいいわよね」
「君の身長で届くのかい?」
手のひらより少し大きめの紙片を手に、何やら思案顔の2人。
彼らの前には普段あまり見ることのない植物があった。
金・銀・五色の色紙で作られた星や、その手に握られているのと同じような紙片で様々に彩られている。
「しかし七夕飾りなんて、何年ぶりだろう」
夜風にたなびく笹の葉を見上げて、緑の髪の少年はつぶやく。
そう、今日は7月7日――七夕。めいめいの望みを短冊に記し、笹に吊るして星に託す神秘的な夜。
はたまたこのポケモンセンターで再会を果たした2人は、窓際にひっそりと佇む笹の葉に自らの願いを託そうとしていた。
懸命に背伸びをし腕をめいっぱい伸ばして、少しでも高いところに短冊を吊るそうとするハルカ。しかし指先が葉末に少し触れるだけでなかなか届かない。
見かねたシュウがジョーイさんから踏み台を借りてきて、ハルカのバンダナと同じ鮮やかな赤の短冊はなんとか笹の頂端に収まった。
「これでOK!星に一番近いかも!」
踏み台から軽やかに着地してにっこりと笑う。
そんなハルカに、シュウは僅かに肩を上げて少しばかり呆れをはらんだ笑みを浮かべた。
「そういえば、何て書いたんだい?」
吊るしたばかりの短冊を振り仰ぐシュウの右手には、彼の髪よりも少し濃い緑の短冊。
「次のコンテストでも優勝できますように、って」
淀みなく答えるハルカ。
何日か後にコンテストを控えている彼女にしてみれば当然の望みだろう、とシュウは納得した。
「七夕はもともと、書道や技芸……芸術方面の上達を願う行事なんだ。まぁ願うのもいいけど、きちんと練習も……」
「してるに決まってるじゃない!そこまで不マジメじゃないかも!」
先程の笑顔から一転、目を吊り上げて食ってかかる。
シュウは依然として笑みを浮かべたままだ。
「そっちこそ何て書いたのよ?」
小さな苛立ちに任せたままのとげとげしい言葉が口先から飛び出す。
シュウは無言で、いきり立つ彼女を諌めるように短冊をかざした。
そこにはただ一言。
「トップコーディネーターに……なる?」
「ああ」
意思の堅さを示すように、黒の太いペンで書かれた文字。希望形ではなく、あくまで断定する形で力強く。
「なりたい……じゃなくて?」
思わずハルカは訊いた。
頭上の短冊に目を向ければ、「○○が欲しい」「○○になりたい」と願う言葉が笹葉の合間に幾つも見え隠れする。
彼のそれには断定の言葉。
「僕の一番の願いだけど、これを『願い』で終わらせる気は微塵も無い。必ず叶えてみせる。だからここに書いて――『誓う』んだ」
断言する彼の瞳は自信に満ちて、迷いの色は欠片も無い。ただひたすらな信念だけが歴然と存在していた。
やっぱり、シュウはすごい……。
ハルカは反応を返すのも忘れて立ち尽くした。
彼女も今では数々のコンテストに出場し、並以上のコーディネーターに成長している。しかし目の前に立っているはずの彼は、星のように輝かしく――遠い存在に、見えた。
少しだけ、隠すように顔を伏せる。シュウの手から短冊を掠めて、わざとらしい軽快なステップで再び踏み台に上って。
いきなりの行動に、シュウは僅かな戸惑いを隠しきれなかった。
「おい、ハルカ」
「シュウのもてっぺんに飾ってあげる。絶対叶うように……ね!」
上ずってしまいそうなほどに明るい声で。
シュウに背を向けるようにして、笹の枝の空いている場所――自分が吊るした赤い短冊の隣に、映える緑色のそれを結わえ付ける。まだ熱を帯びている初夏の風が流れて、紙と葉と枝がこすれ合う音がざわめくように響き、願いを乗せた幾つもの短冊が視界いっぱいにはためいた。
(……あれ?)
くるくると回る州の短冊にハルカの目が吸い寄せられた。短冊の白い裏地の片隅に、何か書かれている。
(何だろう?)
風に吹かれて逃げるように踊る短冊をそっとつまんで引き寄せる。
鉛筆のようなもので書かれたらしい薄い文字だった。
『君に 届きますように』
(これも、シュウが……?)
彼の短冊なのだからそれこそ愚問だが、表に書かれた決意を目の当たりにした直後のハルカにとっては、にわかに信じ難い。
しかし尋ねてみるのはなんとなく気が引けた。
それこそ、不敵なシュウの笑顔の裏側に触れてしまいそうで。
ゆっくりと、地面を踏みしめるようにして台から下りる。
さっきまで傍に佇んでいたはずのシュウは、いつの間にやら姿を消していた。
母親とはぐれた子どものように辺りを見回すと、彼はテラスの手すりにもたれかかっていた。ハルカには背を向けて。
深さを増す闇を臨むかのような彼の後姿は、近寄り難い雰囲気をまとっていたが。
ハルカは足の先に全神経を集中して、恐る恐る音を立てないようにして近づく。
手を伸ばしたらその肩に触れそうなほど傍に寄ると、さすがに気づいたのかシュウはくるりと回転して手すりを背にした。
「シュウ……?」
陽炎のように不安げで心細そうな声は、次第に冷ややかさを増す宵の空気に霧散した。
そしてそれは今のシュウを表しているかのようで。
ぴんと張り詰めた宵闇のせいか、上り始めた淡い月光のせいか……それとももっと別の訳があるのか。
判らなかった。今のハルカには。
「………届かない願いは、『祈り』っていうんだ……」
露のひとしずくをそっと落とすように、シュウがつぶやく。
囁きのような台詞は透明な夜気を通り抜けて、ハルカの耳にも届いた。
(シュウ、どうしたの……?)
日頃の彼らしからぬ言葉と憂いを帯びた面持ちは、どちらもハルカの知らないモノで。
今目の前にいるのは本当にあのシュウなのだろうかと思わず戸惑うほどの姿が、ハルカの目には映っていた。
(私、知らない。こんな……こんな、哀しそうなシュウ……)
無意識にハルカは顔を俯かせた。ともすれば自分よりも頼りなく見えるシュウから、逃げるように。
「そろそろ戻ろうか。もうすぐ夕食だ、君もお腹空いてるだろう?」
はっと顔を上げた。聞こえたのは耳馴れた声。瞳に映ったのは、普段なら軽い苛立ちすら覚えかねない不敵な笑み。
しかしハルカは確かに胸のざわめきが薄れていくのを感じていた。
「うん、もうペコペコかも!」
ハルカもいつも通り、明るく笑って答えた。
僅かに消えなかったわだかまりの残滓からは、都合よく目を逸らして。
ハルカが先にたって、鼻歌交じりに室内へと戻っていった。
遠ざかる赤いバンダナと色素の薄い髪を見つめて、シュウはまたも顔色を翳らせる。
緩慢な動作で見上げた空には、幾つもの星が瞬いていた。
決して届かない煌きに、シュウは手を伸ばす。
今宵まみえる織姫星と彦星は、いったい何光年離れているのだろう。
「ハルカ――――」
君は触れられるほど近くにいるのに、星のように遠くて。
どれほど手を伸ばしても、伸ばそうとしても――
「シュウー!早くー!」
バンダナの少女ががにこやかに手招きをしている。
今行くよ、と憂色をいつもの表情で包み隠してシュウは答えた。蛍光灯で照らされる室内へ戻る。暗闇に慣れた目には、そこはいささか明るすぎる空間だった。
「ジョーイさんに聞いたんだけど、今から雨になるって。織姫と彦星、会えなくなっちゃうね」
「大丈夫だよ。天の川が氾濫してもカササギが橋を作って、2人の逢瀬を助けてくれる」
「へぇー……。やっぱりシュウって物知りかも。ところでオウセって何?」
「……君は物を知らなさ過ぎだよ……」
ひどいかもー、と小さな子供のように顔を膨らませるハルカ。
しかしすぐに笑顔に取って代わり夕飯のメニューに思いを巡らせる彼女を目にして、シュウの口元に思わず笑みが――――自嘲を色濃く残した微笑みが、こぼれた。
手を伸ばせるなら。
君に届くなら。
水かさを増した急流のようなこの想いに、呑み込まれずに済むのに。
ハルカから目を逸らすように、シュウは窓の外を見上げる。
これから雨に隠れてしまう夏の星々が、儚い輝きを放っていた。
久々のシュウハルです。
でもって、何なんだろこの暗い雰囲気……。
シュウハルにしては珍しくシリアスな展開に。
いや、個人的に「ハルカのことが好きなんだけど、それが言えずに諦めムードなシュウ」が好きでして。
いわゆるヘタレ?これヘタレなんでしょうか……;
どうも最近は用語の正確な定義が掴めません。
というか定義自体がそもそも曖昧なのかもしれないですけどね(^_^;)
とりあえず、後ろ向きなシュウが書きたかったんです。ぶっちゃけそれだけ。(いいのかソレ)