傍らの夢






 つけっぱなしのテレビから時報が流れて、壁の時計を見上げた。長針と短針が揃って真上を指している。
 やっと日付が変わるのか……。
 今夜はやけに時間の流れが遅く感じられる。
 きっとあいつが喋ってねぇからだろう。また今日も採点が終わってないとか何とか、忙しそうだった。
 あいつも大変だな。
 まぁ手伝う気はねぇけどな。
 あいつ好みの甘ったるい飲み物(ジュースとかいうやつだ)を硝子器についで、氷を2・3個放り込む。
 ちょっとした差し入れだ。
 あいつは居間で仕事をしている。
 台所からは、細い背中だけが見えた。
 ……心なしかあいつ、頭が下がってるような……。
 そんなに集中してるのか?
 食卓(こいつはテーブルと呼ぶ)に硝子器を置いて、俯いている金髪の頭を覗き込む。
 ……案の定だ。こいつ、寝てやがる。
 採点のときは大概かけている赤縁の眼鏡の奥で閉じられた瞳。
 規則正しい寝息をたてて、赤ペンを持ったまま眠り込んでいた。
 ……まぁ、かれこれ3時間近く仕事してたしな。疲れたのか。
 わしわしと頭を撫でてやると、猫のような声を上げて起き上がった。
 「んー……?おはよー……なのかな……?」
 眼鏡をずり上げて目をこすりながら、寝ぼけた声が漏れる。
 「まだ夜だ。とりあえずそれ飲め」
 短く言って、食卓そばの柔らかい長椅子(こいつはソファだと言って譲らない)にどかりと腰掛けた。
 起き抜けの化学教師はひとしきり目をこすって、やっと飲み物を口にした。
 ついでた分の半分くらいが一気に消える。
 そんなに喉渇いてたのか。
 ……ん?つかこいつ、帰ってから何か食ったのか……?
 まさかとは思ったが一応尋ねてみる。
 すると、
 「えー?……あー、そういえばなんにも食べてないねぇ」
 と、まるでそれが当たり前であるかのような口調で答えが返ってきた。
 やっぱりな……。
 俺の飯の心配はするくせに。無節操な奴だ。
 「せめて何か腹に入れろよ……冷蔵庫に晩飯の残りが少しあるから、それ食え」
 半分眠っているような状態のそいつは言われるがままに立ち上がった。
 しかしふらつく足取りで向かったのは台所ではなく、俺の座っている長椅子だった。
 そのまますとん、と軽い音をたてて俺の隣に座る。
 何のつもりだ?
 「おい、」
 寝ぼけてんじゃねぇと言おうとして、しかしそれはこいつの行動によって阻まれる。
 細い体躯が、なだれるようにして俺の肩にもたれかかってきた。
 俺の腕とこいつの体が隙間なく密着する。
 ……おいおい、何のつもりだ!?
 引き剥がそうと軽く押しやってみるが動かない。
 寝間着越しに、こすり付けられる額の温もりが伝わってくる。
 ……くそっ、動悸が……。離れろよ!
 「じゅ………せて……」
 あ?何か言ったか?
 問うと、寝言のような頼りない声で返事があった。
 「充電……させて……」
 充電だと……電子機器じゃあるまいし。
 いや比喩だってのは分かってるがな。
 肩に当たる、柔らかい肌とは別の感触。
 こいつまだ眼鏡してるのか。
 「ちょっとだけだから……終わったら、また仕事するから……」
 そう言って動かなくなる。
 ……畜生、逆らえねぇ。
 しばらくこのままにしとくか……。
 少しでも落ち着くだろうと思い、空いている手を柔らかな髪に絡ませた。そのまま撫でるようにして動かす。
 「……あったかいね……」
 囁くような声が耳に触れる。
 ……可愛いとか思ってんじゃねぇ、俺!
 手を離した。
 これ以上こいつが何かしてきたら、俺の理性が保たれるかどうかが怪しくなる。余計なことはしないほうが無難だ。
 かといって、何もしないままなのもやりづれぇんだが……。
 ………俺は充電器かよ。
 不毛なツッコミを胸中で繰り返すこと5分。
 気のせいかも知れねぇが、先刻よりも肩の重みが増しているような……。
 そこではたと気づく。
 ……こいつ、うつ伏せで寝る癖あったよな?
 半ば確信して、肩を動かしてみる。
 乗っかっていた頭が均衡を失い、重力に従って傾いた。今度は俺の膝を枕に、突っ伏すようにして寝ちまっている。
 ……滅茶苦茶気持ち良さそうに眠りやがって……。
 起こそうと思ったが、逡巡して結局止めにした。ここで起こしても堂々巡りだろうしな。
 だがこのまま夜を明かすのはキツイな……。
 とりあえずさっきから足に当たるこいつの吐息がくすぐったくてしょうがねぇ。
 変に揺らさないよう注意を払いながら、肩と膝を支えて抱え上げた。
 ホント軽いよな、こいつ……。
 そのままゆっくりと寝室へ連れて行く。
 細い体躯をそっと寝台に横たわらせ、布団を掛けた。
 このまま寝かせるのが正解だろう。
 まだしたままだった赤縁眼鏡を外してやった。
 それを枕元に置こうとしたが、不覚にも落としてしまった。
 カシャン、という軽い音が静かな部屋にこだまする。
 急いで拾い上げ、今度こそ枕元に置いた。
 胸をなで下ろしたところで、寝台で眠っている奴が身じろいだ。
 やべ、起こしちまったか?
 しかしその心配は杞憂に終わり、そいつはゴソゴソと寝返りを打っただけだった。
 そういや、うつ伏せじゃねえと眠れねぇんだったな。
 枕に顔をうずめながら、細い腕が宙に伸びた。
 ……どうしたんだ?


 「黒たん……」


 布団の中から聞こえたのは、いい加減慣れてしまった俺のあだ名。
 ……夢でも見てるのかよ。
 なおも布団からはみ出た腕は彷徨うように蠢いている。


 「黒さま……どこ………?」


 布団の中をまさぐりながら、そんな台詞を漏らす。
 ……まさかとは思いつつ、ためらいがちに寝台に潜り込んだ。
 既に眠っちまった奴の隣に、寄り添うようにして横になる。
 「くろ……」
 「……ここに居る」
 耳の傍で囁くと、口元だけで安心したような笑みを浮かべて動かなくなった。
 ……このまま添い寝しろってか……?
 離れてしまうと、またこいつが動き出しそうな気がして。
 今夜は色々する事があったんだがな……。
 仕方ねぇ。
 掛け布団をかぶりなおし、うつ伏せの肩に腕を回す。

 僅かな躊躇の後。
 頬に軽く口接けて、俺も目を閉じた。




 せめてこの夜は――

 安らかに眠れ。





- END -





あとがき

 自分自身、最近寝オチが多かったのでこんな話になりました。
 つくづく採点ネタ好きだよな、自分……。
 そんなにファイを眼鏡にしたいのか。そういうコトか。
 ファイだったら常日頃から「じゅーでん〜」とか言って黒様に抱きついてそうです。
 そして迷惑そうながらも、拒みはしない黒鋼。
 うん、萌えvv(帰れ)
 黒鋼一人称で書きましたが、カタカナ語をどうしようかと散々悩みました。
 結果はご覧の通りです。
 かなり無理がある上に、「ペン」だけはどうしようもないという始末……;
 「赤筆」と書くのはさすがに抵抗があったので(^_^;)
 


初出 2007.12.21.







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