お昼ゴハンを食べ終わって、一息。
弁当箱の蓋を閉めながら、この後の予定を考える。
とりあえず午前中にやった豆テストの採点やってー、6時間目の実験の準備してー、足りない薬品のチェックしてー……。
うわーやることありすぎ;
まぁでもねー。ここに化学教師ってオレしかいないしねー。しょうがないか。
うにゅーっと大きく体を伸ばす。よし。まずは採点!
対峙した紙束の厚みは、せっかく出てきたオレのやる気をぶち壊すくらいだったけど;
いつもの数倍重く感じられる赤ペンをのろのろと動かして、マルやペケを付け始めた。
………。
やっと終わった……。
今何時だろー……6時間目まで時間あるかな;
チャイムはまだ聞いてないけどー。集中してて聞こえなかっただけかもしれないしー。
ぐるっと首を回して、化学室の壁掛け時計を見上げる。
ん……?
あれー、文字盤がぼやけて見える;
ちょっと目をゴシゴシ。
もう一度見上げる。
……やっぱりぼやけてる……。
そういえばと自分が腕時計をしてたことに今更気付いて、手元に視線を落とす。
こっちも少しぼやけてるけど……なんとか分かった。
まだ6時間目まで時間ある。良かったー。
……って、それはいいけど。
あちゃあー、出ちゃったなー仮性近視;;
ずーっと採点してたから仕方ないかー。
でもこのままじゃあ授業できないや。
コンコン。
ん?誰かが窓を叩いてる。
廊下側じゃなくて外に面してるほうだ。
今は授業中だからー…質問に来た生徒じゃないよね。
というか生徒なら普通ドアをノックするよね。
誰だろう……小鳥さんかなぁ?
この前モコナと一緒にエサやってたら、なついちゃったみたいだし。
ともかく、眼鏡かけないと……この状態じゃ窓までの距離も危ない;
カバンをガサゴソあさくってると、またもやノック。
そんなに急かさないでよー。眼鏡なんか滅多にしないから奥のほうにあるんだよ。
よーし、発見!
ノック、3回目。
しつこいなぁー…そんなに急かさなくても分かってるってば。
視界はぼやけたままだけど、とりあえず窓のほうを見た。
ガラス1枚隔てた向こうにいる、人影。
あ。
……眼鏡なんかかけなくても、誰か分かっちゃった。
だってあんなに背が高いヒト、この学校にはあの人しかいないもんね。
ゆっくりとケースから眼鏡を取り出して、装着。
澄み切った視界が広がる。
そして窓の向こうにいるのは。
「黒りんせんせー、どぅしたのー?」
ぶすっとした顔で立ってるその人の名前を、おどけた声で呼んだ。
スキップで窓枠に辿り着き、勢いよく窓を開ける。
「……遅い」
「しょうがないでしょー、コレ探してたんだよー」
相変わらずの厳しいおコトバに、赤フレームの眼鏡をくいっと上げて答える。
泣く子も黙る黒鋼先生のひと睨みも、オレには効果ナシだもんねー。
「理事長からおまえに伝言があって、来たんだよ……つかおまえ、どうしたんだ?その眼鏡」
眉をひそめる黒たん。絶対、また変なコト始めたのかって思ってるでしょ。
そういえば黒たんは知らなかったっけ。
「オレ仮性近視なのー。本読みすぎたりメチャクチャ採点頑張ったりすると、近視になっちゃうの。さっきまで採点してたから、今は眼鏡装着中ー。侑子先生みたいな伊達じゃないよー」
オレの説明に、黒っち納得したみたい。
あ、本題を忘れるトコだった。
「で、侑子先生何て?」
おぅ、と返事が返ってきて、黒ぴんが口を開く。
「『薬品及び実験器具の確認は今週中』だと」
あー、それね……;
結構めんどくさいんだよねー、確認。
棚にしまってる器具を一旦全部出さなきゃいけないし、足りない分は申請とかしなきゃだし。
今日は採点やらで遅くなるからムリ。運良く明日は授業がないから、まとめてやっちゃおうかな……。
それにしても放課後までかかりそう。
……ってコトは…。
「黒るー、明日も一緒に帰れないかもー。ゴメンけど先帰ってて?」
黒るんが手伝ってくれたら、一緒に帰れるかもしれないけど。
黒ぽんもヒマなわけじゃないし。というかそれ以前に、黒んぷが手伝ってくれるワケないない。
ちらっと上目遣いで、黒ろんの顔色を伺う。
いつもと変わらない表情……じゃない、僅かに眉間にシワが。
このシワの寄り方は……悔しがってるときのだ。
……オレと帰れないのが、かな?
もしそうだったら、オレ嬉しい。
てか、こんなコトで悔しがっちゃってる黒ぴー可愛い。
あぁー、指がムズムズするなぁー。
イタズラしたくなっちゃったなぁー。
思い立ったが何とやら。即実行に移そう☆
目を閉じて何か考え事してる黒っちの様子を伺う。
ダメだよー黒んた、オレの前で油断なんかしちゃあ。
黒りんの首に下がってる白い笛を急いでくわえて鋭く吹いた。
響き渡る、鳥のさえずりより甲高い耳をつんざくような音。
わーい、上手くいったv
見上げると、やっぱりびっくりしたのか黒りんたの呆気にとられた顔が目に飛び込んできた。
おっ、この表情、今まで見たことない。
よぅし。
黒ぷいのびっくり顔を大事に心のアルバムに収めてから、開いたままの黒ぽんの口に笛を押し込んだ。
……つもりだったけど、黒ぴーの見事な反射神経でそれは失敗に終わっちゃった。
笛はオレの手からも離れて黒ぴーの胸元で揺れる。
あちゃー…せっかく初撃はキマったのに。
「てめぇ、何しやがんだ!」
もう聞き慣れた怒鳴り声。耳に心地いいくらいだ。
誰かからの伝言でも怒号でも、君の声が聞けるのがすごく嬉しい。
だって最近忙しくて、君とあまり話せなかったから。
「あーあ、間接キス失敗ー」
嬉しさに思わず笑みがこぼれそうになったから、適当な笑顔を上塗りしてごまかす。
あーでも台詞が変だったかな。
黒ぴっぴも何言ってんだコイツってカオしてるよ。
も一度上塗りしなきゃ。
何かちょうどいい台詞ないかな。
脳が回転し始めた刹那、それは強引に中断させられた。
力強い手のひらに顎を掴まれて。
サッと眼鏡が外され。
ぐいっと上を向けさせられて………
呼吸を奪われる。
思考停止。
周りの音が消えた。
唇の感覚だけが、妙にリアルで。
目が、閉じれない。
だから。
黒様の紅い瞳がこれ以上ないくらい近くにあるのが、すぐに分かって。
少しだけ、黒様との間に空間ができる。
「ちょ、黒さ……?」
言おうとした言葉は、再び重なってきた唇に封じられた。
そして今度は、もっと深く。
探られて、吸われて、絡まれて。
時を刻むごとに、体が熱くなる。胸が早鐘を打つ。
キーン……コーン……
遥か遠くでチャイムが響いた。
それが合図のように唇が離れ、黒様との間に戻った距離ぶんの透明な糸が引かれる。
糸の真ん中から生まれた玉は、窓枠にかかってたオレの手の甲に落ちた。
その雫さえも愛おしくて、思わずそっと舐めとる。
「したいなら、そう言え」
唐突に黒たんが言った。
……キスのことかな。
さっきイタズラした時にポロッとこぼれたオレの台詞。
キスも、だけど。
普通に君と話したり。
一緒に帰ったり、ご飯食べたり、仕事したり。
いろんなこと。
君としたい。
君も、そう思ってくれてたら……嬉しいな。
廊下から、パタパタと足音がする。
あ、6時間目の実験の準備……!まだ終わってない!
急がなきゃ!!
「黒たんゴメン!次実験なんだ……」
言い終わらないうちに黒っちの手から眼鏡を奪い取る。
採点から随分経って、視力は通常なみに回復してた。
窓際に置いてたフラスコや試験管を抱えて、小走りで机にそれらを置いていく。
何個か足りなくて、また窓の側へ。
「おい」
試験管を指に挟んだまま新品の雑巾を出そうと足元の棚を開けたところで、上から黒んみの声が降ってきた。
雑巾を数枚ひっつかんで立ち上がる。
まだ何かあるのかな?
視線を下のほうに泳がせて、言いにくそうにしてる黒りー。
時間がないのは分かってるけど、こればっかりは無視できない。
何なに?
たっぷり20秒は経ってから、やっと黒るんの視線がオレに向けられた。
時間ないのに、黒るんの迷ってる顔にも見とれちゃってるダメなオレ。
黒みんは、すぅ、と息を吸って。
「……今日も、明日も。早く済ませろよ。………待ってるからな」
言ったあと、黒っちはすぐ背を向けてしまった。
その行動に感謝。
……オレの顔、絶対赤くなってるから。
「ありがと――……」
黒ジャージの背中にそう言い残して。
オレは急いで窓から離れた。
頬に試験管をあてる。ひんやりしたガラスの質感が、火照った顔にはちょうどいい。
雑巾をそれぞれの机に配ったところで、生徒が1人やって来た。
6時間目にここで実験をやるB組の四月一日君だ。
「一番のりだねぇ〜四月一日君」
「あ、ファイ先生。おれも手伝いますよ」
ありがとうと言って、彼にはピペットを用意してもらう。
少し手の空いたオレは、化学室を見渡した。
机の上でキラキラしてるフラスコ。
窓からの気持ちいい風。
そして……黒様の、言葉。
「あれ?ファイ先生、何かいいコトでもあったんすか?」
こっちに来た四月一日君が訊いてくる。
そんなに分かりやすいカオしてるかな?
いつもの笑顔で、答えた。
「……うん。とってもイイことが、ね」
学校。
化学室。
職員室。
帰り道。
君との日常。
君のいる日々。
それがオレの、いちばんの望み。
- END -
ホリツバ突発ネタです。
朝、何となく携帯のデータフォルダ見たら、たまたまホリツバの黒ファイイラが目に入ってですね。
それから妄想に任せて、1日で書いちゃいました。
またも携帯でガーッと。
やっぱ勢いも大事ですね。
てか、かなり前に同じようなネタで一本書いたんですがね。
個人的にこっちのほうが好きです。
原画集に付いてたファイル見て湧いてきた
「ファイは仮性近視だろ!」
という勝手な設定(願い)を入れ込みました。
白衣+メガネ=萌え2
等号成立☆(黙れ)
ファイ一人称だったんで、だいぶノリノリで書いてました。
普段は三人称で書いてるんですが、短いのなら一人称でも結構行けるなぁ……と、また一つ発見。
今回は甘めに仕上がったと思います。
黒鋼全然喋ってないけど……気のせい気のせい;
実はコレ書いたの試験前なんですけどね……(^_^;)
現実逃避のなせる技ですねw
初出 2007.12.21.