太陽が別れを告げた薄闇の中、打ち寄せる波の音が静謐な空気と混じり合う――そんなサメハダ岩の先に座り込む人影が一つ。
葉々だった。
開いているのか閉じているのか分からないその目が見つめる先は、今は闇と同化している水平線。片膝を抱えもう片方を前に投げ出して座っている彼の口から小さな溜息が漏れた。
「どうしたのだ、葉々」
背後から響く、空に浮かぶ月のように凛とした声。
「黒白さん……」
こちらへ歩いてきた黒白はそのままゆっくりと葉々の隣に腰を下ろす。そしてもう一度、どうしたのだと繰り返した。
「……いえ、少し夜風が恋しくなりまして」
夜闇が表情を隠してくれることを祈りながら葉々はうそぶく。
「何か心配事でもあるのか」
「…………」
「新人のレディアンのことか?」
しかし隠したかった心中を見事に言い当てられ、思わず肩をすくめた。
「……アナタは何でもお見通しなんですね……」
糸のような目をさらに細めた自嘲的な笑みが黒白へと向けられた。
話は今日の昼過ぎまで遡る。
新たな仲間が加わったというので、月瑠と雫に葉々・黒白・閃輝を交えての顔合わせがあったのだ。
「紹介するね。新しく仲間になったロゼリアの薔薇(そうび)とレディアンの七星(ななせ)よ。皆、よろしくね」
「仲間の募集は当分しないのではなかったか?」
「そうなんだけど、今回の依頼がもう大変で……」
依頼というのはカブトプスと共に未開の地・暗夜の森を探検するというものだった。月瑠と雫の二人で臨んだが、かなりきつい冒険だったらしい。
「罠は多いし、敵も結構強かったし。最初のほうでカブトプスが倒れちゃって復活のタネはなくなるし。おまけに雫が途中で落とし穴に落ちちゃって……」
「え、雫気づけなかったの!?」
驚いたのは閃輝だけではなかった。雫のカンの鋭さや危機に対する敏感さはだれもが認めるところだったからだ。
「いや……そのぅ……後ろのカブトプスから襲われないかなーとか考えると不安で……」
「……それで注意力散漫になっていたというワケですか?」
「仕方ないよー!あのカマ怖いんだもん!」
「……アナタ、それでも副リーダーですか……」
そんな訳で依頼主と二人きりになってしまったので、この際仲間を増やしたほうが得策だと判断したらしい。
「七星にはホント助けられたよ。敵レディアンの『銀色の風』にカブトプスが二回もやられてどうしようかと思ったけど、味方になると心強いんだね。これからもよろしくね」
七星は嬉しそうに、はいと答えた。
「よーし、今夜は歓迎パーティーね!そうでしょ月瑠?」
「うん。ちゃんと準備手伝ってね、閃輝」
「分かってますってー!」
パーティーの準備中、月瑠が時折心配そうな顔を自分に向けているのは分かっていた。
それによって自らの胸中が彼女に見透かされていることも分かっていた。
「月瑠さんといいアナタといい、ワタシの周りには人の気持ちに聡い方が結構いらっしゃるようです。おちおち悩めませんね」
雫にしても、月瑠が七星に助けられたと話しているときに自分の表情がほんの少しだけ曇ったことには気づいていただろう。
「何が不安なのだ」
「アナタも聞いたでしょう、彼の技を。まさに御株を奪われた気分ですよ。それに彼のほうがレベルが高い。戦闘能力もやる気もあるでしょう。ですから……」
そこまでで言いよどむ。自分で言ってはいけないような気がした。自分はそうではないと思いたいのに。言ってしまえば、認めてしまうことになると。
「ですから、何なのだ」
「……分かるでしょう、アナタなら」
自分で決定するよりは、他人に決めつけられたかった。そのほうがまだ否定できる余地はありそうな気がしたから。
「替えられるかもしれないと、そう思っているのか?」
葉々は頷く代わりに、段々と濃さを増していく夜空を見上げた。
月瑠がチームの主要メンバーを決めると言ったとき、選ばれたのは黒白と閃輝、そして自分だった。「銀色の風」ほど怖くて頼もしいものはないね、と彼女は言ってくれた。自分が選ばれたのは実力があるからだと、そう信じていた。
「これからの冒険はさらに厳しさを増すでしょう。今回のようなことは序の口に過ぎないでしょうから。そんなチームを……あのお二人を支えるのには、もっと強い人が必要なはずです。ですから……」
その先は、やはり言葉にできなかった。
タイプが違ったら、使う技が違ったら、自分のほうがレベルが高かったら、こんなことは考えなかったかもしれない。しかし現実はすべてが逆だ。七星は葉々にとって、自分の地位をおびやかす存在以外の何者でもなかった。
「しかしお前は、このチームの古株なのではないのか」
頭の隅にもなかったことを言われ、黒白のほうを向いた。澄んだ緋い瞳と対峙する。
「お前は私よりもずっと前から、二人と共に経験を積んできたのだろう?」
「そう……ですが、それがどうかしたのですか?」
「例の新人がお前より強かったとしても、たとえ技や能力の面でお前に代わる存在だったとしても……お前が二人と過ごした長き時間には代えられないと、そうは思わないか」
「時間……?」
葉々は、心の底から分からなかった。黒白が何を言いたいのか、何を言おうとしているのか。
「そうだ。長き時間を共に過ごした者として、お前は誰にも代えられない。そうだろう」
「……仮にそうだとして、そんなものが何かの役に立ちますか?ワタシにはそんなものが重要だとは思えません」
ひねくれでも強がりでもなく、本気でそう思った。なぜ黒白がそんな事を言い出したのか、それすらも分からなかった。
新参だろうと古参だろうと、実力が全て。
それが世界のモノサシだと、葉々はずっと信じていた。
あまりにも揺るぎない葉々の声に、黒白のほうが戸惑うほどだった。
「葉々……」
続ける言葉が見つからなかった。どんな言葉を選んでも、彼との間にある深い溝へ滑り落ちてしまうのではないかとさえ、黒白は思った。
「くれ兄、ハヨさーん!何してんのー?」
拍子ぬけに明るい声が割り込んできた。見れば、トレジャータウンのほうから閃輝が走ってくる。
「も〜探してたんだよ、ハヨさん急にどっか行くし。探しに行ったくれ兄も帰ってこないし。せっかくのパーティーだよ!?」
「それはすみません、すぐに戻りますよ。それと閃輝さん、ワタシの名前は葉々です。きちんと伸ばして下さい」
「いーじゃんそんなのどっちでも!早く行こうよ〜」
半ば引きずられるようにして歩いて行く葉々の姿を黒白は静かに見つめていた。
深さを増していく暗闇。雲が広がっているのだろうか、月も星も姿を見せない空。
黒白もまた波打つ岩に背を向ける。冬でもないのに頬を撫でる夜風が冷たいと感じた。
- END -
久々に小説書いた!半年ぶりだ!ということで拙い文章になりました(元からですが;)
「カブトプスと暗夜の森を探検」という依頼をこなした後の話。書いてるうちに葉々さんがどんどんダークになりました……こんなハズじゃなかったぞ(笑)
主要メンバー選抜の話とかも、書けたら書きたいなーと思ってます。
初出 2008.3.11.