雲1つない晴れた空の下。
小高い丘に、1人の少年。
「行くぞ、フライゴン!」
少年を乗せた緑竜が、静かに飛び立った。
少し、時はさかのぼる。
「おめでとうございま〜す!」
「へ?」
ミナモ美術館に入ったサトシ達は、歓声と拍手に迎えられて思わず立ち尽くした。
「そちらの赤いバンダナのお嬢さん!あなたは、ミナモ美術館来館100万人目のお客様です!」
「え、わ‥‥私?」
赤いバンダナの少女、ハルカは目を丸くした。
「よろしければインタビューを!」
「あ、はい‥‥」
小1時間ほどして、サトシ達は美術館を後にした。
「よかったねー、お姉ちゃん」
「うん!今日はラッキーデーかも!」
とても嬉しそうなハルカ。
「さて、美術館にも行ったし、これから何をしようか?」
「私はデパートに行ってくるね。さっき美術館でコレもらったし」
ハルカはそう言ってデパートの割引券を取り出した。
「ボク、海に行きたーい!」
マサトが負けじと言う。
「じゃあハルカはデパートに行って、オレ達は海で待っとこうぜ」
「賛成ー!じゃあね、お姉ちゃん!」
「うん、またあとでねー」
そうして、4人は別行動をとることになった。
「うわぁ、海だー!」
ハルカと別れて、サトシ達は浜辺に来ていた。
バサッ、バサッ‥‥‥‥
「キャモメがいっぱいいるね〜」
「なるほど、『陸地の最果て、海の始まり』 だな」
キャモメと戯れるマサトに、したり顔で応じるタケシ。
バサッ、バサッ、バサッ‥‥‥‥
だんだん羽音が大きくなってくる。
見れば、沖のほうから黒い影がこちらへと近づいていた。
「何か来るぞ!」
「何だ、あれは‥‥‥?」
影の形が、だんだんと明らかになっていく。
緑色の体、赤い目。
影の正体はフライゴンだった。
「なんでフライゴンが、こんな所に‥‥‥?」
驚くのも束の間、激しい風とともに、フライゴンは浜辺に着地した。
そして、その背中から降りてくる人影が。
「やあ、君達。久しぶりだね」
「ええっ‥‥‥‥シュウ!?」
現れたのは、シュウだった。
「ありがとうフライゴン。戻れ!」
フライゴンをボールに戻すと、シュウは改めてサトシ達と向き合った。
「今回はまた随分とキザな登場の仕方だね‥‥」
嫌味っぽくつぶやくマサト。
「シュウ、どうしたんだ?いきなり」
「急ぎの用があったから、フライゴンに頼んだのさ」
前髪をかき上げながら当然のように答えるシュウ。
「ニュースで、君達がここにいると分かったからね」
「ニュース‥‥?」
首をかしげるサトシ達。
「‥‥もしかしてミナモ美術館の?」
タケシが言うと、
「ご名答」
シュウが小さく拍手した。
「思ったより時間がかかってね。‥‥‥‥?」
シュウは周りを見回した。あのいつもの怒鳴るような声が、なぜか聞こえてこない‥‥‥‥。
「ハルカは一緒じゃないのか?」
「お姉ちゃんならデパートに行ってるよ」
少しムッとしながら答えるマサト。
「そうか‥‥‥‥」
「あ〜〜〜〜っ、シュウ!」
噂をすればなんとやらで、荷物をたくさん抱えたハルカが現れた。
「何でここにいるのよ!?」
「ひどい言い草だね。‥‥‥君のために来たんじゃないか」
「えっ?」
シュウはきれいに包装された箱を差し出した。
「今日はホワイトデーだろう?1ヶ月前のお返しにね」
「あ‥‥‥ありがとう!」
ハルカは嬉しそうにそれを受け取った。
「じゃあオレ達も‥‥」
「はい、お姉ちゃん!」
同じくサトシ達もプレゼントを渡す。
「ありがと、みんな!少し食べてもいい?」
彼女はシュウからもらった箱を開けた。中には、数種類のクッキー。
そのうち1つを口に運ぶ。
「‥‥‥‥うわぁ、すっごくおいしい!シュウ、これどこのお店で買ったの?」
「店?とんでもない、それは僕の手作りだよ」
「ええっ、手作り!?」
ハルカの目が点になった。
「そんなに意外かい?」
「そ、そんなコトないけど‥‥」
と言いつつも、まじまじとクッキーを見つめるハルカ。
「へえ、うまそうだなぁ」
サトシがクッキーの箱に手を伸ばす。
スッ、とシュウがその手を制した。
「ダメだよ、サトシ君。これはハルカにあげた物だ」
「え〜、なんだよー。ケチだなーシュウはー」
不満の声を上げるサトシ。
「‥‥私も、こんなお菓子作ってみたいかも」
ハルカがつぶやいた。
「‥‥‥君さえよければ、教えてあげてもいいけど?」
「だっ、誰があんたなんかに‥‥」
「いいじゃん、作れよ!そしたらハルカはお菓子作りができるし、オレはうまいクッキーが食える!」
反論しようとするハルカをサトシがさえぎる。マサトは、クッキー目当てか、とツッコんだ。
「で?どうするんだい?」
「‥‥‥じゃあ、お願いするかも」
「さて、始めようか。準備はいいかい?」
「いつでもOKかも!」
買ってきた材料を必要なだけ量り終えた2人。
ハルカは、初めてのクッキー作りに楽しみと不安を感じていた。
「僕と君とで別々に作ろう。レシピはここに置いとくけど、分からないことがあったら言ってくれよ」
「レシピだけで十分かも!」
ハルカはそう強がって、レシピを読む。
「えーっと、まずバターをハンドミキサーで練る‥‥ハンドミキサー?」
「これのことだよ」
シュウがハンドミキサーを手渡す。
「君はお菓子作りとか、したことないのかい?」
「うーん‥‥こういうのは、初めてかも」
実際、彼女は料理すらしたことがなかった。
バレンタインに作ったチョコレートだって、溶かして型に流して固めるだけの非常に簡単なものだったのだから。
「これでよし、と!スイッチON!」
ハンドミキサーのスイッチを入れて、バターを練る。‥‥‥が、しかし。
「うわわわわっ!」
ボウルに入ったバターが派手に飛び散った。
慣れていないせいか、動きを制御するのは彼女には難しいようだ。
「はぁ‥‥まったく君は」
そう言って、シュウはハルカの持つハンドミキサーに手を添えた。
「な、なにっ!?」
シュウの手のぬくもりを感じて、ハルカの心臓の鼓動が速くなる。
「ちょ、ちょっとシュウ‥‥!」
「僕が手伝うから、もう一度やってみて」
「‥‥う、うん」
手を握られていることにドキドキしながらも、再びハンドミキサーのスイッチを入れる。
ヴィーーン‥‥‥‥
バターを練っていた時間はさほど長くはなかったが、ハルカにはとても長いものに感じられた。
今度は飛び散ることもなく、無事に作業を終えた。
無事ですまなかったのはハルカのほうだ。
「こんな感じでやってみるといいよ」
「あ、ありがと」
「‥‥ここはそんなに暑いかい?顔が赤いよ」
「‥‥‥! なっ、なんでもないっ!!」
動悸がおさまらないまま、彼女は作業を進めていく。
作り終えた生地をオーブン皿に搾り出していくハルカ。
「うんうん、いい感じかも!」
満足そうだ。
シュウはすでにクッキーを作り終え、後片付けをしていた。
「それが終わったら、温度200℃で16分くらい焼けば、出来上がりだよ」
ハルカは言われた通りの設定でオーブンのスイッチを入れた。
「あとは焼き上がるのを待つだけね!」
「お疲れ様。1枚、どうだい?」
そう言ってクッキーを差し出すシュウ。
「じゃあいただきまーす。‥‥‥あ、これ、レーズンが入ってる」
「あとチョコチップクッキーも作ったんだ。君のが焼き上がったら、皆でおやつにするかい?サトシ君も楽しみにしてるだろうし」
「そうね!」
オーブンがチーンと鳴って、クッキーが焼き上がったことを告げた。
「うーん、このチョコチップクッキー、うまい!」
「レーズンクッキーも良くできているな」
口々に言いながらクッキーを食べるサトシ達。
「‥‥悔しいけど、おいしいとしか言えないね」
マサトもおいしそうに食べている。
一方シュウは、ハルカのクッキーを試食していた。
「‥‥‥どう?」
「そうだね‥‥少し固いかな。小麦粉を入れたときに混ぜすぎたね。それに君、バニラエッセンスを入れ忘れただろう?」
「え、そんなのあったっけ?」
「ちゃんとレシピにも書いたよ。これを入れるか入れないか・・・ほんの少しの差だけど、出来上がりに大きく影響するんだ」
「そうなんだ‥‥‥」
残念そうにうつむくハルカ。シュウのクッキーと比べられたら立場無いかも、と言いたそうだ。
「でも、初めてにしては良く出来ているよ」
「‥‥‥ホント?」
「まあ、まずは道具を正しく使えないとね。ハンドミキサーとか」
「‥‥‥!!」
ハンドミキサーと聞いて、反射的にドキッとするハルカ。いやでも自分と、彼の手を意識してしまう。
「つ、次作るときは、シュウの助けがなくったってちゃんと作れるかも!」
「次に作るときも、僕がいるとは限らないけどね」
ハルカはそっぽを向いて、彼の作ったレーズンクッキーを口に放り込む。
甘酸っぱさを秘めたクッキーの味が、口の中に広がった。
そう、恋の味のように。
- END -
ホワイトデーです。
これを書くときにやりたかったのが、「シュウがフライゴンに乗って登場する」ということです。(笑)
シュウがAGファミリーと絡むのも好きなんですよねー。
ちなみにホワイトデー、自分のためにクッキー作りました。
‥‥‥ハルカと同じ失敗をしました(汗)
作った後に、母の作ったクッキーを食べて経験の違いを知る(笑)
これ書いた後に「シュウとタケシ、料理対決!」とかいうのも考えたのですが、実現しませんでした。
ハンドミキサーのところについてはもうスルーしてください‥‥‥。
初出 2006.5.26.