薄雲がゆったりと泳ぐ昼下がり。
やわらかな陽光で彩られた丘の上。
木にもたれ、葉陰に身を預ける人影一つ。
陽に映える若草と同じ色の髪をした少年――シュウである。
のどかな町から少し離れたところにその丘はあった。
小高い丘なので、この場所からは町を一望することができる。昔の名残が未だ息づくその風景を眺めるには絶好のポイントだ。
またこの丘を挟むようにして森があった。
丘から町を見下ろすならば、森はちょうど背後に位置する。
森を少し分け入った所には小川があり、森の奥深くで湧き出た清流が運ばれている。
豊かな自然と隣り合った町外れの癒しスポットとして、ここは町の住民のみならず観光客にも人気の場所だった。
だがしかし。
郷愁を誘われる町並みも。
風にそよぐ木の葉の歌も。
小さく流れるせせらぎも。
今この場所を独り占めする彼――シュウには、何一つ届いていなかった。
彼の意識にあるものは。
3センチ四方の、小さな液晶画面である。
「…………」
シュウが両手で握りしめているそれは、ここジョウト地方で広く普及している電子機器――ポケギアだった。
蛇足ながら言及すると、先月公開されたばかりの最新機種。ボディカラーはライトグリーン。勿論オーダーメイド。
半月ほど前にジョウトへとやって来たシュウが早々に手に入れた品である。
ジョウトラジオ局イチオシの観光スポットにいながら、シュウは既に10分近くポケギアの画面と睨み合っているのだった。
小さな長方形の中に映し出されているのは電話機能の画面である。
文明の利器とは素晴らしいもので、画面に表示されている人物名を選択すればいちいち電話番号を押さずとも電話ができる。
ジョウトに来てから2週間。決して短い日数ではないが、シュウのポケギアには既に5人分の番号が登録されていた。
画面に並ぶ、5つの名前。
その一番上の名前に、シュウの視線は縫い付けられていた。
ハルカ コーディネーター
「…………はぁ……」
画面から少し目を離して、小さな溜息。これにて6回目。
「……僕は今……何をしているんだろう……」
他人からしてみても、もっともな問いだった。
ポケギアとの睨めっこを開始して、早10分が経ってしまったが。
前置きまでも長くなってしまったが。
単刀直入に言えば、彼はハルカに電話しようとしているのである。
そして電話できずにいるのであった。
遡ること2週間。
ジョウトに来てすぐ、シュウとハルカは港町のポケモンセンターで再会を果たした。
ホウエンからジョウトまでおそらく同じ船に乗ってきたのだろうが、船内では顔を合わせなかったのだろう。
久しぶりの再会を、互いに喜び。
これからの行先を、互いに語り。
そして手に入れたばかりのポケギアで、電話番号を交換した。互いが互いの、一番最初の登録相手となった。
『これからはポケギアの時代かも!シュウ、いつでも電話していいからね』
『ああ、そうさせてもらうよ。君も遠慮なくどうぞ。イタズラ電話はやめてもらいたいけどね』
『そんなことしないかもーっ』
(……とは言ったものの)
いつでも電話して、というのは考えてみればひどく曖昧な表現だ。
たとえば、今みたいに。
特に何の用件もないときというのは、「いつでも」に含まれるのかどうか、とか。
(……だいたい、用件もないのに電話したとして……何を話せばいいというんだ)
(ハルカだって、今忙しいかもしれないし)
(用件のない電話は……それ即ちイタズラ電話じゃないのか?)
ボタンをいじりながら、思考はスパイラルを辿り。
「…………はぁ……」
溜息、7回目。
「……いつまでこうしているつもりだ、僕は」
僕らしくもない。
と、呟いて。
斜め下45度に停滞していた視線を、一気に真上へ振り上げた。
眩しいほどの青色が飛び込んでくる。
薄雲たなびく青い空。
風に揺れる梢の旋律。
水の流れる澄んだ音。
自然が五感を支配する。
淀んだ思考が吹き払われる。
嗚呼、なんて美しいんだ――
瞳に映るは爽やかな青と優しい緑。
耳をすませば、木の葉の擦れる音や……小川のせせらぎ……鳥のさえずり……そして……
ピリリ、ピリリ
ピリリ、ピリリ
「……ん?」
無機質な電子音。
それは当然、自然からは生まれない類の音。
それは即ち。
ピリリ、ピリリ
ピリリ、ピリリ
シュウの右手に握られたポケギアから発せられていた。
ポケギアの――電話の、着信音。
寝耳に水――というより寝耳に着信音で、慌てて通話ボタンを押したものの。
3センチ四方の画面下方に一瞬表示された名前は、さっきから網膜に焼き付いているそれと同じで――
『もしもし、シュウ?ハルカでーす。元気?』
「…………」
『あれ、もしもーし。……もしかして、かけ間違い?』
「いや、間違ってないよ」
『あ、ホントだシュウだ。もー、ビックリさせないでほしいかも』
――それはこっちの台詞だよ。
電話はなんとハルカからだった。そしてこれが記念すべき初着信である。
しかしまさか――ハルカのほうから、かけてくるなんて。イタズラ電話ではないとすれば――
「で、何か用事でもあるのかい?」
『え、別にないけど……ちょっと電話してみたくなっただけかも』
別にない……?
電話してみたくなっただけ?
用件のない電話なら――何を話せばいいというんだ。
「用件もないのに……わざわざ電話を?」
『わざわざって……ポケギアって電話したい相手を選ぶだけだから、全然面倒じゃないし。それに……』
「それに?」
『……シュウ、元気かなぁって、思って』
機械越しに聞こえるハルカの声は、電子的に装飾されたり削られたり、しているけれど。
それでもやっぱり、いつもの声で。
そして最後の一言は、いつもと少しだけ――ほんの少しだけ、違う声。
もしポケモンセンターのようなテレビ電話なら、モニターにはにかむような顔が――目線を少しだけ逸らすような顔が、映し出されそうな。
「僕はこの通り元気さ。君も相変わらずのようだね」
『相変わらずって何よ。今日も変わらず元気かも』
「しかし大した用事もないのに電話してくるとはね……君はよっぽど暇なんだな。次のコンテストに向けて、ちゃんと準備してるのかい?」
『し、失礼ね!ちゃんとやってるかも!』
「君の慌てる顔が見えるような声で言われても、説得力ないけどね」
『そう言うシュウこそどうなのよー!』
そうして、話に花は咲く。
用件という種はなくても。
(ああ……そうだ。用事はなくても)
今このジョウトのどこかにいるハルカに機械越しの皮肉を投げながら、頭の片隅で呟く。
用事はなくても……理由はあったから。
だからこんなに、楽しいんじゃないか。
ポケギア越しでも君と話せる、そのことが。
込み入った用事よりも大切な、その理由。
そんなの、至極、単純だ――
END
久しぶりにシュウハル書いた!
というか久しぶりに小説書いた……!
なんというかまあ、アレですね、サボっててすみません(爆
ともかく、シュウハル@ジョウト!
HG&SSも発売されましたし、ジョウトが熱いですよー^^
ということで、ジョウト必須アイテム・ポケギアネタ。
電話かけるだけなのに変に緊張しているシュウ……を書きたかった。
こういうのって、人によって感覚違いますよね。
ちなみに僕はシュウ派です(笑)
初出 2009.11.11.