ニテヒナル




始まりは他愛ない気まぐれ
                そして物思いの淵へと至り――


「ねぇ、黒様ってオレのこと顔で選んだの?」
明日の天気でも尋ねるかのような口ぶりでそんなことを訊く。湯呑に注がれていた緑茶が縁で飛び跳ねて踊った。
「あ゛ぁ?お前いきなり何言って」
「ねー、どーなのさぁ」
放課後の職員室。職員の数もまばらで、窓からの西日がほどよく気だるい空気を醸し出す。
問いかけは戯れのように。
「お前仕事終わったのか。もうすぐ閉まるぞ」
本日最後の一杯から立ち上る湯気がたゆたう。
心地良い熱さと渋味を感じながら、黒鋼の頭の中には回想の場面が浮かび上がっていた。
(……そりゃあ、最初に見た時には)
「所謂イケメンだと思った?」
盛大に咳き込む音が部屋中に響いた。片付けにいそしんでいた職員達の視線が一点に集まる。
「あれー、黒りんったら図星?」
「……るっせえ!」
からかわれ、怒鳴り返し。今や堀鐔学園の名物となりつつあるこのやり取りも、当初は本人達でさえ予想しないものだった。
(……最初見たときは、綺麗な奴だと思った)
すらりと細い体。女とも見紛う美貌に、一瞬言葉を失ったほどだ。
しかしそれは、本当に一瞬の第一印象で。人物像として黒鋼の意識に残ったもの、より大きく刻まれたものは「掴みどころのない奴」という一言だった。
――こいつとは関われない。
そう思っていたのに。
「大体顔で選んだんなら。お前の片割れでもいいってことになるだろ」
「あー……そっかぁ。そうだよね」
その理屈でいけば、彼のクラスの生徒――サクラだって、小狼でも小龍でもいいということになるだろう。それが成り立たないことは自明だ。
「それにな、そういう薄っぺらい基準でどうこうなるもんじゃないだろ。こういうのは」
囁くというより、自分に言い聞かせるような声。
「黒りんったらカッコいいこと言うねー。聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」
冗談めいた口調と一緒に、白衣の細い腕が黒鋼の首に巻き付いた。
「おい、やめろ!」
「えー、いいじゃなーい。職員室だからって遠慮しなくても〜」
「やめろ!!」
締まりなかった蒼い瞳が、猫のように見開かれた。後ろから抱きついている格好なので互いの表情は分からない。
「離れろ」
腹の底から響く声音。逆らわず、腕はすぐに解かれた。火のような鋭い双眸が薄水色の眼を射抜く。
「からかうのも大概にしろよ」
声色は、地の奥深くに蠢くマグマを連想させた。
「どーしたのかなぁ、黒ぽんったら。今日はそんなに機嫌が悪いのかなー」
ようやく漏れた小声は、枯れ木にやっと一つ残った冬葉のようだった。
眉間に深く皺が刻まれた険しい顔に見下ろされる。
「お前、片割れのほうだろう」
蒼色の両眼が一瞬、氷のように張りつめた。
しかし次の瞬間には柔らかな表情を取り戻す。
「いやぁ、バレちゃいましたか」
そう、先程から黒鋼に絡んできていたのは、ファイの双子の弟・ユゥイだったのだ。
「よく気づきましたね、“黒りん”」
「それ以上変な名前で呼ぶとぶん殴るぞ」
「やだなぁ、教師間にもイジメがあるんですか」
「理事長みてぇなことも言うな」
いつもの白衣に黒パンツ。服を取り替えて振舞いを変えれば、誰にも判らないほどそっくりな双子。
でもやはり、黒鋼にとっては“違う”人。
「……こんな下らねぇこと考えたのはあいつだろう」
「ええ。面白そうだったので協力してみました」
軽やかに、にこやかに。それはまるで出会った頃の彼のようで。誰にでも笑顔で接しながら、誰にも越えさせない境界線を一本、しっかりと引いていて。
「あいつも……次会ったら、ぶん殴ってやる」
「おやおや、次はDVですか」
「うるせぇ!お前も早く帰れ!」





「そっかー、バレちゃったかー」
「うん。なかなか手強いね」
街灯がほのかに灯り始める宵のうち。堀鐔学園職員寮の一室――ファイの部屋で、双子の兄弟は優雅な晩酌を楽しんでいた。
「ユゥイがこっちに来たときもバレちゃってたもんね。やっぱり騙し通すのは難しいのかなぁ。面白くなーい」
「ねぇ、ファイはさ……」
「んー?」
「見破ってもらえて、嬉しい?」
どうして、とファイが訊き返すことも、悔しいの、とユゥイが訊くこともなかった。
透明な氷だけが入ったグラスが涼しげな音を立てる。
問いかけは呟きのように。
「んー……そうだね。嬉しい、よ」
そうしてファイは笑う。いつも通りの、へらりと締まりのない顔。でもそこに映るニュアンスを、ユゥイは見分けることが出来る。
今きっと、ファイと全く同じ表情を作ることは出来ないだろう。
同じ顔を持つもう一人は、ひどく素直にそう思った。






END







あとがき

……え?終わんの?
って感じですね……ごめんなさい。よく分からない話になっちゃいました。
自分ですら何が書きたかったのか分からない。たぶん黒鋼×ファイ←ユゥイみたいなのをやりたかった気がするんですが……。
この話自体、去年の6月に書いてボツにしてたので、当時の自分が何やりたかったのかは不明です\(^o^)/
ボツのはずだったけど、ほぼ完成形だったからうpしてみた。
なんかごめんなさいホントに……。
ユゥイさんは黒鋼さんのことが好きなのか、ファイを取られて悔しいんだけどファイの幸せは願ってるとか、そういうので葛藤してたりしたら可愛いです。
たぶんそう言いたかったんだと思います。
それをあとがきで書くなよ……。



初出 2007.5.12.







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