for U&U




「何かお探しですか?」
自分へとかけられたであろう声に、はっと我に返った。声の方を向くと、品の良さそうな女性がにこやかに微笑んでいた。
「ああ、いえ、大丈夫です。ちょっと考え事を」
「それは失礼致しました。ごゆっくりどうぞ」
エプロンをかけた女性に笑顔を向けられ、シュウも軽く会釈をした。
爽やかに晴れた春の午後、街角の花屋。旬の花で彩られた店先でずっと花を見つめていれば、声をかけられるのも無理はなかった。
またやってしまったな、とシュウは小さな溜息をつく。彼の中では最早習慣にすらなりつつあったが、店員にしてみれば何をやっているのかと訝しまれても無理はないだろう。
明日はポケモンコンテストが開かれる。午前にはポケモン達とのトレーニングを終え、休憩がてらに街中を散策しているところだった。どこの街にもありそうな花屋に自然と足は向いた。これではまるで蝶のようだと苦笑しながらも、様々な花の中で目に留まるのは一つだけだった。
赤い紅い、一輪の薔薇。今ではシュウの代名詞にすらなっているその花の前で、結構な時間を過ごしてしまっていたようだ。彼自身はまったく気付いていなかったけれど。
ようやっと手を伸ばし、生けられた薔薇の中から一輪を取り出す。花が大きすぎず小さすぎないものが彼の好みだった。
店員に告げ、会計を済ませる。茎をちょうど良い長さに切ってもらうことも忘れない。
ありがとうございました、という声を背にしながら、やっと店から離れた。来た頃には真上にあったはずの太陽が少し傾いてしまっていた。
彼女と会う前の日は、いつもこうだった。コンテストの準備の為に早めに街へ行き、トレーニングをして、花屋へ赴き、薔薇を買う。もう何度繰り返してきたことだろう。
それはジョウトへ来ても同じだった。街が変わっただけで、花屋が変わるだけで、いつも同じように薔薇を買い、何かと理由をつけてハルカに薔薇を渡してきた。
これまで幾つの花屋を訪れただろう。両の手の指で数えられるだろうか。彼女の為に、と言って渡したときは果たしてあっただろうか。
先程シュウが会計を済ませていた隣のレジで、同じく薔薇を買い求める男性がいた。ただシュウとは違い、その手に抱えていたのは大きな薔薇の花束だった。店員との会話から察するに、付き合っている女性に贈るものらしかった。きっと彼は大きな決断をしたのだろう。最近は薔薇を求める客が多いと店員が言っていたが、そういう時期なのだろうか。
プロポーズには歳の数だけ薔薇を贈る、というのを何かで読んだような気がする。きっと花束を買っていった彼もそうなのだろう。彼の決意は実を結んだだろうか。
そういえば自分はハルカの歳さえ知らないな、と改めて気がついた。そんなに離れてはないだろうとは思っているけれど。
歳以外にも、知らないことは多い。好きな食べ物、読んでいる雑誌、好きな色、好きな花。
(……僕なんかから薔薇貰って、嬉しいのかな)
さっきまで生き生きとしていた薔薇が、急に鮮やかさを失ったように見えた。
捨ててしまおうか。ふとそんな衝動に駆られる。ちょうど視界の隅に、公園のごみ箱が小さく佇んでいた。
立ち止まっていた足を一歩踏み出そうとして、ぽんと軽く肩を叩かれた。
振り向くと。ついさっきまで脳裏に思い描いていた顔が、目の前にあった。
「ふふー、ビックリした?」
そこにいたのは、見慣れたバンダナ姿の少女。
ハルカだった。
一瞬声が出ずに、しかし頭のどこかは妙に冷静で、驚きに息を飲みながらも薔薇をきちんと見えないように身体の陰に隠す。
「なんだ君か。もう着いてたんだね」
なんとか絞り出した声は、随分と上ずっているように聞こえた。
「もー、ちょっとは驚きなさいよっ。面白くないヤツー」
軽く頬を膨らませるハルカ。気付かれなかったらしい。
聞けば、彼女は昨日からこの街にいたらしい。彼女にしては珍しいなと思った。
「後ろから忍び寄るなんて、美しくないね」
「シュウに言われたくありませーん」
「僕はそんなことしたことがないだろう」
「なによ!私いつもビックリさせられてるんだから!仕返ししようと思ったのにーっ」
仕返しなんてわざわざされなくても、ハルカのちょっとした行動にいつも冷静さを奪われているというのに。仕返ししたいのはこっちのほうだ、という言葉は喉まで出てきたところで留めた。
「もうっ、そういうとこは相変わらずなんだから。いいわ、仕返しその2!」
「その2?」
今度は何をされるやら――
苦笑しかけた彼の目の前に、ずいっと無造作にハルカの右腕が差し出された。
その手には、一輪の赤い花が。花弁の重なった、紅い花が。
「――薔薇?」
いつもは自分が贈っているその花が、今は彼女が握っていて。
今度こそ驚きを隠せなかったシュウを見て、ハルカは嬉しそうにはにかんだ。
「いつも私ばっかり貰ってるから。今回は仕返しよ!」
仕返しというよりお返しって言うべきなんじゃないのかい、という嫌味は胸の中で消えた。
ハルカの手の中で揺れる薔薇は、今まで見たどの花よりも美しく見えた。
その気持ちを素直に口に出すことは、やはりできなかったけれど。
「まさか君から、薔薇を貰うことになるなんてね……」
「ふふっ。ビックリしたでしょ?」
「少しね」
「えーっ嘘ばっかり。もっと驚いた顔してたでしょさっき!」
聞けば、彼女もシュウと同じ花屋に寄ったのだという。薔薇を買っていく客の一人だったのだ、ハルカも。
「じゃあ、僕も」
予定より早まってしまったが、予定通りにハルカに薔薇を差し出す。笑顔でそれを受け取ったハルカは、自分が渡した薔薇とシュウから貰ったそれをじっくりと見比べて嬉しそうに笑った。
「やった、私の薔薇の方がちょっと大きい!勝った!」
「いや、ほとんど変わらないだろう……それに大きければいいってものじゃない。何事もバランスが大事なんだ」
「えー、でもやっぱり大きいほうがなんていうか……得した気分?」
「君は大きい薔薇のほうが好きなのかい?」
「うーん、そうかも」
大きいほうが好みなのか。
ならば次からは、少し花が大きめの薔薇にしよう。勿論、バランスは崩さない程度に、ね。



奇しくもその日は5月14日、薔薇の咲き誇るローズデー。恋人同士が薔薇を贈り合うという日。
彼と彼女の未来は、まだ見えないけれど――
それぞれの手に握られた薔薇は、赤く優しく春の風に揺れている。






END







あとがき

5/14はローズデーだぜお前ら分かってるな?というRTが回ってきたので(@ツイッター)
そのネタなら3,4年前に攻略済みだぜ!と思いつつ改めて書いてみるのもいいんじゃないかと。思いましてのこれ。
勢いで書いたから正直自分でもよく分からない!とりあえず薔薇贈り合ってればいい。そんでシュウは早く薔薇の花束持って行きなさい。
アッ以前書いたローズデーネタはどうやらここには上げてないようですな……まあ今更上げる気もない( ^ω^)
その時は確か黄色い薔薇がどうこうとかいう話書いたはず。黄色い薔薇の花言葉は嫉妬!
シュウハルそろそろ付き合ってもいいだろうお前ら……いやすれ違い両想いも美味しいんだけど……さ……



初出 2011.5.14.







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