学生の楽しみ、夏休み。
 しかしそれには、嫌なオマケがついてくるのが常だ。
 ・・・そう、大量の宿題である。
 そして休暇の終わりごろ、白紙の宿題に悩まされる生徒が数人はいるものだ。
 ここにも、そんな少女が1人‥‥。






残された課題






 「これは・・・さすがにヤバいったい‥‥‥」
 机の上に積み上げた宿題の山を目の当たりにして、サファイアは絶句した。
 夏休み最終日の朝。目の前には、1日ではとても終わりそうにない宿題。
 全てが明日提出というわけではないが、それを差し引いても多すぎる量だ。
 「どげんしよ‥‥」
 頭を抱えるくらいなら手を動かしたほうがいいのかもしれないが、闇雲に取り組んでもはかどらない
 ことは分かっていた。





 数刻後、彼女は「助っ人を呼ぶ」という答えにたどり着いた。
 今回の課題は解答が渡されていない。つまり自分で解かなければならないのだ。
 かといって空白が多すぎるとあまり良い評価はもらえない。
 とすれば、誰か頭のいい人に「助っ人」を頼むのが一番いい考えのように思われた。
 サファイアが誰を呼ぼうか考えていると、


 ピーン ポーン。 ピーン ポーン。


 玄関チャイムが来客を告げた。
 「は〜い、どちら様〜?」
 玄関ドアを開ける。
 立っていたのは、季節を問わず白い帽子をかぶっている、自分と同い年の男の子。
 ルビーだった。
 「あ、サファイア。家の人、いる?」
 「ううん、父ちゃんはいつも通り研究に出かけとるったい。何か用なん?」
 「いや、これを渡しに来ただけなんだけど」
 ルビーが手にしているのは、「いかりまんじゅう」と赤いギャラドスが描かれた箱。
 「『いかりまんじゅう』?」
 「この休みに家族でジョウトに行ってきてね。お土産」
 「へ〜。ジョウトには赤いギャラドスがおるとね。見てみたか〜」
 「‥‥じゃ。博士にもよろしく」
 そのままくるりと背を向けて、ルビーは立ち去ろうとする。
 「あ‥‥待つったい!」
 サファイアが呼び止める。
 「‥‥何?」
 「あ、あんたに手伝ってほしい事ばあるとよ。‥‥宿題、手伝ってほしかと」
 「宿題‥‥?‥‥もしかして、まだ終わってないの?」
 「そうったい‥‥」
 はあぁ、とルビーは大きく溜息をついた。
 「まったく‥‥。ボクはジョウトに行く前に全部終わらせたっていうのに‥‥」
 「う、うるさいったい!あたしは、あんたみたいに頭よくないけんね!‥‥とにかく部屋まで来るったい!」
 半ば強引にルビーを家に入れる。
 サファイアの部屋はそこそこ整理されていたが、隅のほうに教材やノートが積み上げられていたりした。
 そして机の上にも、ノートやプリントが散在している。
 そのほとんどが、白紙に近い状態だった。
 「‥‥キミはこの休み中、何をしていたんだ?」
 「何って‥‥父ちゃんの研究の手伝いったい。あ、少しはやったとよ?宿題」
 「‥‥まあいいや。さっさと始めなよ」
 サファイアはいかにも座りにくそうというふうに椅子に腰掛け、問題集を手に取った。
 「始めても分からんったい」
 「‥‥つまり教えろってことか」
 「そうやね」
 即答されて、ルビーはまたもや溜息をひとつ。
 「あのねぇ‥‥いくら時間が無いといっても、自分で考えないと意味が無いだろ」
 「考えても分からんったい」
 サファイアが少しむくれる。
 「とにかく、今から1時間は自力でやりなよ」
 「え、でも‥‥」
 「ホラ、早く!」
 サファイアはなおも何か言いたそうな顔をしていたが、諦めたように無言で宿題に取り掛かった。
 ルビーは部屋の本棚から本を引っぱり出して、膝の上に広げた。
 視線こそ本のほうに向いているが、文面は全く頭に入っていない。
 ページもめくらずに、時折サファイアのほうをちらりと見る。
 「何か用なん?」
 そんなルビーの視線に気がついたのか、サファイアがこちらを振り向く。
 「いや、何でもないけど」
 ルビーは慌てて視線を本に戻す。





 サファイアが宿題を始めて、30分ほどたった。
 ルビーがまた彼女に目を向けると、サファイアは机に突っ伏している。
 「もしかして‥‥」
 ルビーは足音を忍ばせてサファイアに近づき、顔をのぞきこんだ。
 「‥‥‥やっぱり‥‥」
 案の定、サファイアは居眠りをしていた。すやすやと幸せそうな寝息を立てている。
 まったく、キミっていう人は‥‥。
 その寝顔を見ていると気が引けるが、起こさないわけにもいかない。
 「サファイア」
 呼んでみたが、当然のように返事は無い。
 「おーい、サファイア」
 今度は肩を軽くゆすってみる。
 「むにゃむにゃ‥‥ん‥‥」
 かろうじて反応はあったものの、起きる気配は無い。
 「サファイアー」
 少し強くゆすってみる。が、先程とたいして変わらなかった。
 「‥‥‥」
 このままではダメだ‥‥。どうやったら起きるんだ。
 諦めようかとも思ったが、それでは結果的に彼女が困ることになる。
 彼はしばし考え、とある手を思いついた。が‥‥
 「どうしようかな‥‥これは少し dangerous だし‥‥噛みつかれないかな‥‥」
 ‥‥なんとも物騒な手段である。しかし決意を固めて。
 かれはサファイアの耳もとに口を近づけ、ふぅっと息を吹きかけた。
 「ひゃあぁうっ!!」
 サファイアが盛大な叫び声をあげて飛び起きた。
 「な、な、なんばしょっとね!」
 「何って‥‥起こしただけさ」
 予想通りの反応に、冷静に反応するルビー。
 「起こすって‥‥もっと普通に起こしいよ!」
 「ゆすっても叩いても起きないキミが悪いんじゃないか!」
 「ううっ‥‥考えても分からんけん、眠くなるったい!」
 サファイアの反論が言い訳めいてくる。
 「お、教えてくれれば分かるったい‥‥」
 「へぇ、そう」
 ルビーは少し思案を巡らせて‥‥悪戯めいた笑みを浮かべて、言った。
 「ボクのことを『先生』って呼んでくれたら‥‥教えてあげるけど?」
 「はぁ!?」
 サファイアは耳を疑った。‥‥先生?
 「1時間は自力で、って言っただろ。あと25分。それまでは、ボクのことは『先生』って呼んでもらうよ」
 「そっ、そげんこつ言うとでも思っとうと!?」
 「だから、自力でやればいいんだよ、25分」
 サファイアがうつむいた。
 「‥‥‥ホントは‥‥ないんやろ」
 ポツリと、言葉がこぼれた。
 「え?」
 「ホントは、手伝ってくれる気なんかないんやろ!?」
 肩を震わせながら、絞り出すように言う。
 「人のことバカにして‥‥もう頼まんったい!さっさと帰って!」
 「‥‥」
 「早よう帰って!!」
 「ルビーはあっさりと部屋を立ち去った。
 彼がいた場所に、本だけが無造作に広げられていた。





 「ただいま」
 「おかえりなさーい」
 家に帰ったルビーを迎えたのは彼の母親だった。
 「ちゃんとお土産渡してきた?」
 「うん」
 「サファイアちゃん、元気だった?」
 「‥‥うん」
 母親が不思議そうに首をかしげる。
 「どうしたの?うかない顔して」
 「別に‥‥」
 「サファイアちゃんと喧嘩でもしちゃった?」
 「!!‥‥そんなコトないよ!」
 言うが早いか、ルビーは足早に自分の部屋へ行った。
 「あらあら‥‥。図星だったかしらね」





 ルビーは、何をするでもなくベッドに寝転がっていた。
 頭の中でサファイアの言葉を反すうする。
 『ホントは、手伝ってくれる気なんかないんやろ!?』
 「そんなことはない‥‥」
 ボクは‥‥。
 白い天井に、先刻のサファイアの顔が浮かぶ。
 「でも元はといえばサファイアが宿題しないのが悪いんだよな‥‥」
 考えとしては正論なのだが、何故か彼は後ろめたい気持ちでいた。
 「‥‥なんで」
 なんで、彼女のことが気になるんだろう。
 ボクには関係ない‥‥はずなのに‥‥。
 「ルビー!」
 「はい!」
 突然母親から呼ばれ、ルビーはベッドから身を起こした。
 「ユウキ君から電話よー」
 「ユウキが?」
 受話器を受け取る。
 「もしもし?」
 『よっ、ルビー。元気かー?』
 「‥‥まあね」
 電話の相手は、近所に住む同級生のユウキだった。
 少々言動がぶっきらぼうだが、いい奴である。
 『ウソつけ。ホントは何かあっただろ』
 「‥‥なんでわかった?」
 『なんかいつもみたいに高飛車な口調じゃねぇからよ』
 ユウキは口こそ悪いが、人のささいな違いに気づき、心配してくれる。
 『オダマキんトコで何かあったのか?』
 ユウキは、サファイアのことを名字で呼ぶ。
 『さっきオダマキの家に行ってただろ』
 「‥‥ユウキには敵わないな‥‥」
 『オダマキと何かあったのか?』
 ルビーは先程の一部始終を話した。





 『そりゃあ完全にお前が悪いな』
 ユウキは彼らしく、きっぱりと言い切った。
 『だいたいなぁ、たとえ冗談つってもあの超単純なオダマキがわかるわけねーだろ』
 「まぁ、そうだけど‥‥」
 『あいつはあいつなりに頑張ってんだぜ?課題の評価が低いといつも通り居残りで、プラス今回は日曜に補習があるんだよ。オダマキは日曜に楽しみにしてることがあるらしくてな‥‥。それで頑張ってんだよ、あいつ。頭悪いのに誰にも言わないで一人で考えこんじまってよ』
 「‥‥1つ訊いていい?何でそんなに知ってるのさ」
 『ん?何だ、嫉妬かよ?』
 「いや、そんなんじゃなくて‥‥」
 『なあに、オレの観察眼と情報網をナメんなよ!』
 目の前にいたらウインクでもされかねなかった。
 『そんなオダマキが悩みの末にお前に頼んだっていうのに・・・お前はそのオダマキの頑張りを踏みにじったんだな』
 「そこまで言わなくても‥‥」
 『まァ、ヒドい男!』
 「誰だよ」
 そういやユウキって、演劇部だったっけ・・・。
 『ともかくだな。ちゃんと謝りに行けよ』
 「‥‥そうするよ」
 『あと、何か言われてもオレから聞いたとか言うなよ』
 「‥‥わかった」
 そして、電話が切れた。
 「それじゃ‥‥行きますか」





 そして、彼は再びサファイアの家の前にいた。
    ピーンポーン。 ピーンポーン。
 玄関チャイムを鳴らす。
 「どちら様と〜?」
 ドアからひょっこりとサファイアの顔がのぞく。
 目が合った瞬間、サファイアは無言でドアをピシャリとしめた。
 「あ‥‥サファイア!」
 ドアに駆け寄るルビー。
 「サファイア、待っ‥‥」
 「帰ってって言ったやろ!?」
 ドアの向こうから怒声が響く。
 「サファイア‥‥」
 「あたしはっ‥‥‥!」
 振り絞るように、言葉を紡ぐ。
 「あたしだって、あたしなりに頑張っとうったい!‥‥なのにっ、あんたは‥‥‥っ」
 「‥‥‥‥ゴメン‥‥‥」
 ルビーが、ポツリと言った。
 「ごめん。ボクが悪かったんだ‥‥‥ごめん‥‥」
 あまりに簡素な、謝罪の言葉。
 飾らないそれが鍵となったのか‥‥
 ガチャリとノブの回る音がして、ゆっくりとドアが開いた。
 「サファイア‥‥」
 「‥‥1時間」
 「え?」
 「もう1時間たった。約束どおり、教えてくれるんやろ」
 それだけ言うと、彼女はぷいっと部屋へ戻っていく。
 ルビーはふっと笑って、彼女の家に入る。
 玄関の掛け時計が、正午を告げた。





 「やっと終わったーーっ」
 午後5時。肩の荷も下りて、しばし解放感に満たされる。
 「お疲れ様‥‥。あ、足が‥‥」
 ルビーはずっと立ちっぱなしで宿題の解説をしていたので、かなり足にきているようだった。
 「あっ、すまんち‥‥」
 「気にしなくていいよ。それより‥‥問題集関係は終わったけど、意見文はもう書いたの?」
 途端、サファイアの顔が蒼白になった。
 「‥‥‥忘れてたのか」
 「‥‥ま、まぁ作文なら夜まででどうにかなるったい!」
 立ち直りの早いサファイア。
 「ホントに助かったったい。‥‥‥あ、ありがと」
 「‥‥どういたしまして」
 面と向かい合って言われるとなんだか照れくさい。
 「これで日曜の楽しみも安泰だね」
 「え、何で知っとるん?」
 サファイアが疑問の目を向ける。
 「あー‥‥いや、まあ‥‥ちょっとね‥‥」
 ユウキから口止めされていたので、適当にお茶を濁す。
 「じゃ、じゃあボクは帰るよ。そろそろ博士も帰っくるだろうし」
 「そうやねー」
 階段を降り、玄関へ向かう。
 「ただいまー!」
 噂をすれば‥‥で、玄関ドアが開いてオダマキ博士が入ってきた。
 「おや、ルビー君じゃないか!どうしたんだい?」
 「ジョウト土産を持ってきたついでに、彼女の手伝いをしていたんです」
 「おおそうか。いやぁ、いつもすまないねぇ」
 「いえいえ‥‥。じゃ、ボクは帰ります。じゃあね、サファイア」
 「うん。ありがと」





 ルビーが帰った後。博士がおもむろに切り出した。
 「サファイア、日曜は大丈夫そうなのか?」
 「うん。あいつが手伝ってくれたけん」
 「じゃあいいな。ハイ、これ」
 そう言って博士が取り出したのは、4枚のチケット。
 日曜日、サファイアと博士はミナモシティへの小旅行を計画していたのである。
 今彼女が手にしているのは、ミナモシティへの連絡船の往復分のチケットだった。
 「楽しみやね〜、ミナモシティ」
 「あー‥‥実はな、サファイア。父さん、急用が入ってしまってな。その‥‥行けなくなってしまったんだ」
 「えーっ!?」
 久しぶりに家族でゆっくりできると楽しみにしていたが、急用では仕方が無い。
 「やったら、あたし1人で行かないかんと?それとも中止?」
 「いや、そこは考えてある」
 博士がにっこり笑う。
 「ルビー君と行ったらどうだい」
 「あいつと!?」
 サファイアは目を丸くした。
 「な、なんであいつと行かないかんとよ!」
 「まあまあ。今日手伝ってもらったお礼もあるし‥‥やっぱり1人じゃあ寂しいだろ?」
 「あ、あいつとおるくらいなら、1人のほうがよかよ‥‥」
 「おやぁ〜?なんか顔が赤いぞ、サファイア」
 「もうっ!ちゃかさんといて!」
 懸命に反論するが、博士は完全に楽しんでいるようだった。
 「まあ、最終的にはお前が決めることだ。チケットは全部あげるから、好きにしなさい」
 苦笑する博士。
 サファイアはなおも顔を紅潮させている。
 「どうなっても知らんけねっ」
 捨て台詞のように言い残して、バタバタと自分の部屋に戻っていった。
 肩をすくめて、博士がつぶやく。
 「やれやれ。人の恋路を応援するのも大変だなぁ‥‥」




 部屋に戻ったサファイアは、大きく伸びをした。
 気合を入れて、机に向かう。
 ふと窓の外を見てみると、ルビーの家が見える。
 真向かいにあるるびーの部屋にも、明かりがともっていた。
 心なしか、口元がほころぶ。
 (明日、これ渡しに行こ‥‥)
 手に持ったままのチケットを、きゅっと握りしめた。





- END -





あとがき

 初のルサ小説です。
 ネタに詰まってたときに友人にリクエストをお願いしたら、「夏休みの宿題で困ってるやつ」と言われたので。
 当初はシュウハルで書いてたんですけど、どうもうまくいかなくて‥‥。
 で、ルサで書いてみたらサクサク進んだんです(笑)
 だからこれは偶然で生まれた小説といえるのかも‥‥?
 ちなみに実際書いてたのはGW中だったので、「夏休み」と言う記述は原文では「休暇中」となっていました。
 いちおう地元人なのにサファイアの訛りが分かんないっていうのはどういう‥‥。
 やっぱり黒いルビーが好きですvv
 そしてユウキというのはオリキャラです。
 ゲームのユウキ君とは一応別人です。
 普段はシュウやルビーなどキザでクールな男の子ばかり書いているので、たまにはこんな男の子を書いてみたくなるんですよね。
 今回はルビーの友人として登場させました。
 タイトルがなんとなくシリアスな感じになってしまいましたが‥‥。
 タイトル考えるのが個人的に一番苦手です;;



初出 2006.5.26.







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