部活対抗リレー!




―告知―
きたる体育祭にて、毎年恒例部活対抗リレーを行います。
参加を希望する部は所定の用紙に選手の氏名を明記の上、顧問または生徒会に提出して下さい。


参加資格:運動部員(文化部は参加不可)
選手の人数:10人


なお、優勝した部には、来年度部費の優遇措置を取ります。


校長







体育祭まであと2週間。昇降口の掲示板に張り出されたこの告知は生徒達の間にどよめきをもたらしていた。
「よっし、優勝して部費をゲットだぜ!」
と早速練習に励むのは、サトシのような血気盛んな男子運動部員。
文化部員の中には、部費がもらえるならと何とかして参加を試みる者もいた。全員失敗に終わったが。
ざわめく生徒達の中、シュウは少しだけ人込みに目をやり、いつもと変わらぬ様子で靴箱へと向かう。
「シュウ!」
昇降口から出ようとしたところで、背後から呼びかけられた。振り返ると、ハルカが笑いながらこちらへ歩いてきている。
「今から部活?」
「ああ。君もだろう?」
シュウもハルカも運動部員だ。シュウは弓道部所属、ハルカは陸上部だが、時々チア部の手伝いにも行っていた。
「ねぇ、昇降口の掲示板見た?」
「部活対抗リレーのことだろう?」
まあ以前から知っていたけどね、とシュウが小さく付け足した。生徒会役員である彼は、もちろん体育祭の運営などにも関わっているのだ。
「リレーかぁ……出てみたいけど、やっぱり3年の先パイが優先かも」
2年生であるハルカ達は最後の体育祭を迎える3年生を優先すべき立場にある。参加したいのはやまやまだが、さすがに出しゃばるわけにはいかない。
「まぁ、僕は出場できると思うけどね」
シュウが自信たっぷりに言う。
「え?どうして!?」
「弓道部は3年生が少ないからね。僕は50走のタイムもそこそこだし、きっと出場できるだろう」
ハルカがうらやましげにシュウを見つめ、
「そっかー……いいなぁ…。陸上部は3年生だけで13人いるから、私は絶対ムリかも。でも、体育祭の後に最後の大会があるから……私はそっちを頑張るわ」
シュウがほんの一瞬だけ寂しそうに、だがすぐにいつも通りの表情で言った。
「そうか。……じゃあお互いに、頑張ろう」
「うん!」
そうして2人は反対方向に歩き始めた。





数日が経ち、学校全体が体育祭ムードに包まれつつあった。昼休みや放課後ともなれば、クラス全員で練習に励む風景も見られる。
シュウは生徒会の仕事の都合で、1人運動場へと向かっていた。運動場は普段陸上部やチア部などの練習場所となっている。最近では体育祭のリレーの練習も行われていた。
運動場に着いたシュウは、目を細めて辺りを注意深く見回す。彼はチア部の部長を探していた。しかし彼の目に留まったのは、それとは別のよく知っている後ろ姿だった。
シュウが声をかけるより先に、その人影が振り返る。
「あれ?どうしたのシュウ。こんなとこに」
「生徒会の仕事だよ」
こちらを向いたハルカの姿を見て、シュウは眉をひそめた。
彼女はいつも通り、学校指定の体操服に愛用のスニーカーという出で立ちだったが、右手にはなぜかバトンが握られていたからだ。彼女は800m走者で、リレーとは関係ないにも関わらずに。
シュウのそんな表情に気が付いたのか、ハルカが切り出した。
「私ね…部活対抗リレー、出られるようになったの」
「……まさか、3年生を押しのけて…」
「そっ、そんなワケないかも!失礼ね!陸上部じゃなくてチア部の手伝いで、出ることになったの!」
ハルカは続けて、チア部はもともと人数が少なくて全員でも8人しかいないこと、どうしても参加したがったチア部一同が、普段手伝っているハルカにチア部としてリレーに出場するように頼んできたことを話した。
「良かったじゃないか。とりあえずリレーには出られるんだし」
「うん!」
ハルカがあふれるほどの笑顔でうなずいた。
「じゃあ、チア部に負けるわけにはいかないな」
「こっちこそ、弓道部には負けられないかも!」
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら、2人の間に微かに火花が飛び散り始めた。
しかしシュウが、はたと気が付いたように視線をそらした。
「仕事を忘れるところだった。チア部の部長はいるかい?リレーのメンバー表がまだ出てないんだけど」
「さっき生徒会室に行くって言ってたけど……」
「……すれ違ったか…」
ハルカの答えを聞くが早いか、さっと向きを変えて運動場の入り口へと歩きだす。
「シュウ!」
ハルカが足早な彼を呼び止める。
「今から仕事?」
「ああ」
「じゃあ暇なときでいいから、私とリレーの練習しない?……やっぱり忙しいからムリ?」
シュウは立ち止まり、顎に手をやってしばし考えたあと、
「……明日の放課後、ここで待っていてくれないか。仕事が終わり次第、来るから」
「うん、分かった!」
軽く手を振って、シュウは歩きだす。
彼の頭は、明日の塾を休む言い訳をどうするかでいっぱいだった。





翌日。シュウは急ぎ足で運動場へと向かっていた。思いのほか仕事に時間がかかってしまったのだ。
運動場に着くと、時間も遅いためか人の姿がほとんどなかった。ほの暗い空を背景に、だだっ広いグラウンドの外周を1人の少女が走っている。
「ごめん。遅くなって」
シュウはたった今走り終えて呼吸を整えているハルカに声をかけた。ハルカはまだ息があがっているのか、声は出さずに笑顔で応える。
しばらくたって、おもむろにハルカが切り出した。
「だいぶ遅いから、あんまり練習できないね…どうしよっか?」
「そうだね……じゃあ、僕と勝負するっていうのはどうだい?」
えっ、とハルカが驚く。
「偶然だけど、君と僕はリレーの走順が同じなんだよ」
「え!?シュウも第一走者なの?」
「ああ。だから本番の予行演習も兼ねて……勝負だ」
ほんの少しだけハルカは迷いの表情を見せたがそれもすぐに消え去り、後に残った決意に満ちた瞳がきらりと輝いた。
「受けて立つわ!」





準備運動を終えて、2人はスタートラインに立った。
「第一走者だから走るのは半周だ。そこをゴールにしよう」
「それはいいけど、スタートの合図はどうするの?私達以外は、もう誰もいないかも」
言われて、シュウはしばし考えた。そして、
「じゃあ君が合図を出してくれないか」
と提案する。
「え、いいの?」
「ああ、君さえ良ければいつでもどうぞ。僕は準備万端だから」
そう言って、深呼吸。しばし沈黙が2人を包む。
ハルカがゆっくりと息を吸い込んだ。
「位置について!よーい……」
2人が同時にしゃがみこみ、スタートの体勢をとる。
「ドン!」
2人の足が勢いよく地を蹴った。空気を切り裂いて、ひたすらに前へと駆ける。
互いに競り合いながら、ただ前だけを見て走る。
コース半ばを過ぎたころには、わずかにだがハルカのほうが勝っていた。
(さすが陸上部…でも、負けられない!)
(以外と速い…負けないかも!)
下肢に体中の力を集結させ、風と同化するように疾走する。
もっと速く。まだまだ速く。
ゴールまで5mあまりのところで、とうとうシュウがわずかながらハルカを抜いた。
(勝てる……!)
シュウが勝利を確信してゴールに飛び込もうとした、瞬間。
彼の後ろから、音が聞こえた。悲鳴になり損なった短い息と、地面をこする大きな音。
急ブレーキをかけ、振り返る。
足元に転がるバトン。
微かな砂埃。
シュウの目に映ったのは、地面に倒れ伏すハルカの姿だった。
「ハルカ!!大丈夫か!?」
彼女のもとへ駆け寄る。
返事の代わりに返ってきたのは、弱々しい笑みだけだった。
「ハルカ!」
「えへへ……油断しちゃった、かも」
「そんなことより……怪我は?」
「膝、擦りむいて…あと足首…」
シュウはすぐさま怪我の具合を調べた。
膝は彼女の言った通りだった。足首はというと、
「…腫れてるじゃないか」
「…捻挫かも…?」
「救急箱はあるかい?」
「部室入って左の棚にあるかも」
でも自信ない、と続けるハルカに絶対動かないよう言い聞かせて、シュウは陸上部部室へと向かった。



妙に馴れた手付きで、ハルカの左足に包帯が巻かれていく。
「シュウ、応急処置上手いね…」
「まあね」
シュウの手による冷湿布での患部の固定と、テーピングが施された。
「練習…できなくなっちゃったね」
「それよりも、当日出場できるかどうかが心配だけどね……」
「大丈夫よ!体育祭まで1週間はあるんだし、気力で治すかも!」
そう言って、ハルカは立ち上がろうとする。
慌ててシュウが彼女を止めた。
「動いたら駄目だ」
「何でよ。早く帰らなきゃ…周りも真っ暗だし。このくらい、どうってことないかも」
シュウの制止を押しのけて、ふらつきながらハルカが立ち上がった。そのままおぼつかない足取りで1歩、2歩と歩く。
3歩目を踏み出して、地面についた軸足――怪我をしたほうだ――に激痛が走った。小さな悲鳴をあげて、ハルカの体が前のめりになり、重力にしたがって地面へと迫る。
すんでのところでシュウが腕を伸ばし、倒れかけたハルカを受け止めた。
「駄目だと言ったじゃないか!捻挫は危険なんだ。素人目には分からなくても、靱帯を痛めてることもある。下手をすると大変なことになるんだ!」
「じゃあどうしろって言うのよ!運動場から出ないと病院にも行けないじゃない!」
ハルカが負けじと言い返す。
シュウは倒れたままだった彼女の体を起こしながら、しばし考えた。そしておもむろにハルカの左腕をとり、自分の肩へと回した。右腕で彼女の体を少しだけ引き寄せて、しっかりと支える。
「左足の力を抜いて」
「ち、ちょっと!いっ、いきなり何っ!?」
呆気にとられてされるがままだったハルカが身をよじった。
「こうすれば足にかかる負担を少なくできる。僕に君をおぶるだけの体力はないから、これで我慢してくれ」
「で、でもっ…」
「ここで無理をしたら、リレーに出られなくなるかもしれない。君は…それでいいのかい?チア部の人も困るだろうし、何より…この僕と、対等に競えるのに」
「……」
「普段僕に負かされっぱなしの君が、得意分野で僕に勝てるかもしれないチャンスなのに」
「そこまで言うと嫌味かも……」
シュウがクスリと微笑した。
前へ、運動場の出入口のほうへ向き直る。
「さあ、行こうか」
「…うん」
普通なら何のことはない出入口までの距離を、シュウはハルカを支え、ハルカはシュウに支えられて歩き始めた。
1歩、2歩と、ゆっくり土を踏みしめて進む。
いつもならどうってことはない。しかし今の状況では、目標の出入口が遥か遠く感じられる。
「少し……休もうか」
「そうね…」
2人は歩みを止めて、体を離した。実際に動かしていた足よりも、上半身のほうが火照っている。
「けっこー疲れるね…右足のほうが痛いかも」
「…やっぱりおぶったほうが良かったかな?」
シュウの言葉にハルカは首を横に振って、
「ううん、これでいいよ」
左腕を差し出した。
「……行こ」
「……ああ」
シュウがその腕をとる。再びさっきの体勢で、2人は進み始めた。
日が沈んだばかりの薄い闇と涼しい空気が、彼らの火照った顔を優しく隠して、冷やしていった。








次の日、ハルカは学校に来なかった。
彼女の担任教師は、ハルカが怪我をしたこと、入院のために今日は休むことをクラスに告げた。
登校してから朝のホームルームまで空席のままだった隣の席を、シュウは見つめた。いつもなら自分の左隣であくびをかみ殺しているハルカが、今日ばかりは彼の目に映らない。
「先生、ハルカはいつまで入院するんですか?あと……体育祭には参加できるんですか?」
手を挙げて、ハルカの友人の1人が発言した。彼女はチア部員でもある。
「その点では心配ないそうです。安静にしていれば、十分体育祭には間に合うとのことです。明後日か、悪くても5日後には退院できるそうですよ」
発言したハルカの友人が小さくガッツポーズした。その右斜め後ろで、シュウが安堵するように目を閉じ、小さく微笑んだ。
……あんなことを言ったけど、僕のほうこそ1度は対等に、ハルカと競争したかったのかもな。
放課後に、彼女のお見舞いに行こう。いつもの花屋で、紅い薔薇を買って……。


始業のチャイムが鳴って、1時間目の授業が始まった。授業の初めに配られたプリントを、シュウは丁寧に二つに折って、ハルカの机の中に入れた。





- END -




初出 2006.11.27.







花蝶風月トップへ戻る 分岐点へ戻る